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2043ー2057 高瀬邦彦
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高瀬は意識の空間の中に姿を現した。
「高瀬! 大丈夫か⁉︎ このままだと身体がもたない。何とか助けを呼んで……」
「行け、シキ……。やっと……別れられるな。今なら……ここから出られるだろう? あなたはなんだか薄く……なって見える……」
「高瀬……」
「大丈夫だ。……あなたはチャンスを掴んだ……瀕死……今しか、ないぞ……」
高瀬は笑っていた。
「私より、まずは自分の身だろう⁉︎」
「大丈夫……チップ……壊れたな。さすがに……探しに来る。それに、こんな時には天使が来るのだろう? 生きたい。まだ……思う。はっきりと、そう……願う。私でも……助けてもらえる……だろうか……」
高瀬の意識が薄れていく。力なく倒れるように伏した高瀬は、それでも手だけをヒラヒラさせて、私を追い払う仕草をした。
そうだ。高瀬の肩には、生体反応も感知発信するICチップが埋め込まれている。発信が途絶えれば、すぐにセキュリティが確認に来るはずだ。
死神はいきなり肩を刺してきた。
はじめからICチップを狙って、破壊する気だったか。
背の傷も、たぶん深くはない。
とにかく、今ならきっと出られる。
「高瀬、イオンは邦彦様を絶対に見捨てたりしない! 必ず来るから待っていろ!」
高瀬から抜け出す。
外へ……。
手を伸ばした。
薄い膜を透過するようなぬるりとした感触。
滑り抜けた。引き戻される感覚はない。
粘度の違う空気の中へゆっくりと這い出す。
肉体を持たず、守られるものの何もない死霊に戻っていく。
深呼吸をしても息をする実感がない。
音も、光も、匂いも全てが薄く、感覚がぼんやりと遠い。
目の前には、意識のない高瀬が地面に倒れていた。
私を囚え続けた監獄。私を守り、共に生きた肉体。
私は高瀬から出られたのだ。
死神の気配はない。だが、私が視える照陽の人間が近くにいるかもしれない。とにかくここを離れなければ。
すまない、高瀬。
目の前のビルに沿ってとりあえず屋上まで飛び上がることにした。
身体は軽く心もとない。
ふらふらと浮き上がりながら、路上の
高瀬を見下ろした。
高瀬に近づく若い男がいる。
人間? いや、アンドロイドか?
白いシャツを纏った、優雅で美しく、天界の住人のような佇まいの……天使だ。
「リツ⁉︎」
リツに違いなかった。
容姿は十五年前と全く変わらないが、高貴な気配すら漂わせる青年には、見る者を安心させる落ち着いた雰囲気と存在感があった。
まさに、魂を救う天使……。
リツは高瀬にそっと触れた。
高瀬の顔を覗き、地面に跪くと高瀬を抱き起こすように頭を膝に乗せ、髪をなでた。リツの袖が高瀬の命で染まっていく。
リツは静かに微笑んでいた。意識の声で高瀬に呼びかけているのだろうか。
「リツ。そいつは世界で最も完璧にイオンをメンテナンスできる男だ。どうか、彼を頼む」
私の声はきっと届かない。
だが、次の瞬間リツは天を仰ぎ、はっきりと私と目を合わせて笑顔になった。
相馬……。
面影すらない名を心の中で呼び、私はリツに別れを告げた。
リツは笑顔のまま高瀬の耳元に顔を寄せた。
タ カ セ。
私が最後に見たリツの唇は、はっきりとそう動いていた。
『お前の望みをくれてやる。機会をどう生かすかはお前次第だ』
死神によって社畜の証は壊された。取り憑く悪霊も去った。高瀬を縛るものは何もない。
お前が何を望むのか、私は知らない。
だが、きっと今その機会を手にしたのだ。
そう思わないか、高瀬?
「高瀬! 大丈夫か⁉︎ このままだと身体がもたない。何とか助けを呼んで……」
「行け、シキ……。やっと……別れられるな。今なら……ここから出られるだろう? あなたはなんだか薄く……なって見える……」
「高瀬……」
「大丈夫だ。……あなたはチャンスを掴んだ……瀕死……今しか、ないぞ……」
高瀬は笑っていた。
「私より、まずは自分の身だろう⁉︎」
「大丈夫……チップ……壊れたな。さすがに……探しに来る。それに、こんな時には天使が来るのだろう? 生きたい。まだ……思う。はっきりと、そう……願う。私でも……助けてもらえる……だろうか……」
高瀬の意識が薄れていく。力なく倒れるように伏した高瀬は、それでも手だけをヒラヒラさせて、私を追い払う仕草をした。
そうだ。高瀬の肩には、生体反応も感知発信するICチップが埋め込まれている。発信が途絶えれば、すぐにセキュリティが確認に来るはずだ。
死神はいきなり肩を刺してきた。
はじめからICチップを狙って、破壊する気だったか。
背の傷も、たぶん深くはない。
とにかく、今ならきっと出られる。
「高瀬、イオンは邦彦様を絶対に見捨てたりしない! 必ず来るから待っていろ!」
高瀬から抜け出す。
外へ……。
手を伸ばした。
薄い膜を透過するようなぬるりとした感触。
滑り抜けた。引き戻される感覚はない。
粘度の違う空気の中へゆっくりと這い出す。
肉体を持たず、守られるものの何もない死霊に戻っていく。
深呼吸をしても息をする実感がない。
音も、光も、匂いも全てが薄く、感覚がぼんやりと遠い。
目の前には、意識のない高瀬が地面に倒れていた。
私を囚え続けた監獄。私を守り、共に生きた肉体。
私は高瀬から出られたのだ。
死神の気配はない。だが、私が視える照陽の人間が近くにいるかもしれない。とにかくここを離れなければ。
すまない、高瀬。
目の前のビルに沿ってとりあえず屋上まで飛び上がることにした。
身体は軽く心もとない。
ふらふらと浮き上がりながら、路上の
高瀬を見下ろした。
高瀬に近づく若い男がいる。
人間? いや、アンドロイドか?
白いシャツを纏った、優雅で美しく、天界の住人のような佇まいの……天使だ。
「リツ⁉︎」
リツに違いなかった。
容姿は十五年前と全く変わらないが、高貴な気配すら漂わせる青年には、見る者を安心させる落ち着いた雰囲気と存在感があった。
まさに、魂を救う天使……。
リツは高瀬にそっと触れた。
高瀬の顔を覗き、地面に跪くと高瀬を抱き起こすように頭を膝に乗せ、髪をなでた。リツの袖が高瀬の命で染まっていく。
リツは静かに微笑んでいた。意識の声で高瀬に呼びかけているのだろうか。
「リツ。そいつは世界で最も完璧にイオンをメンテナンスできる男だ。どうか、彼を頼む」
私の声はきっと届かない。
だが、次の瞬間リツは天を仰ぎ、はっきりと私と目を合わせて笑顔になった。
相馬……。
面影すらない名を心の中で呼び、私はリツに別れを告げた。
リツは笑顔のまま高瀬の耳元に顔を寄せた。
タ カ セ。
私が最後に見たリツの唇は、はっきりとそう動いていた。
『お前の望みをくれてやる。機会をどう生かすかはお前次第だ』
死神によって社畜の証は壊された。取り憑く悪霊も去った。高瀬を縛るものは何もない。
お前が何を望むのか、私は知らない。
だが、きっと今その機会を手にしたのだ。
そう思わないか、高瀬?
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