182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

89-(4)

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「高瀬、痛い……離……せ……」
「離さないのはあなただろう。嫌なら離れろ」
「お前が腕を掴んだままだろうっ」
「そんなに痛かったか?  ほら、もう痛くしない。そっと触れるだけだ。じっとしていろ……」

 自宅に戻り、眠りについてからが私と高瀬の逢瀬の時間だ。
 高瀬の意識の中で互いが等しく姿を現し、直接言葉を交わし、存在に触れる。
 高瀬にエネルギーを奪われ酷くされるのは相変わらずだが、こうして動けなくなった私の髪を撫で頬に触れる手が、気づけば優しくなっていた。

「お前、昔はもっと遠慮なく酷かったよな」
「……親子ほどの年の差を考えると、な」

 私の見た目は三十代半ばの吉澤識のままである。一方で高瀬は、肉体年齢相応の初老の男になっていた。白髪混じりのきちんと整えられた髪に意志の強そうな瞳と薄い唇が、貫禄と妙な色気を漂わせて暑苦しい。

「昔はもっと満足させてくれたのにな。これだから年寄りは……」
「あなたは相変わらず品がない。少しは成長しないのか?」
「品性下劣な道楽息子は嫌いか?  お前のどんな変態趣味にもつきあってやれるぞ。満足するまで好きにしていいのだぞ?」

   ダガッ!

   高瀬の足と手が思い切り私を突き飛ばす。
   意識の空間の端まで転がされた私を高瀬は軽蔑の目でにらんだ。
 やることをやっておいて心だけは紳士なやつだな。
 溜息は出るが、何をされても本気で怒る気にならない。
 高瀬はイオンを守ってくれていた。イオンが研究棟を出た後もメンテナンスに気を配り、自身がメカニックに戻ってからは高瀬本人が維持管理を指揮していたのだ。
 私がそれを知らなかったのは、毎夜高瀬にエネルギーを奪われ続けて昼間は意識の中に沈んでいることが多いからだろう。
   日中、私と高瀬の意識は当然ながら別行動だ。高瀬は外に意識を向けたままで、私を放置している。
   私の方は、覚醒している時には牢獄の中からわずかに見える外の世界の情報を間接的にでも吸収しようと必死になっている。高瀬が何気なく見た景色を私は十倍観察している。

「それにしても、よくメカニック復帰が許可されたな。こんな威圧的な元副社長がいて、現場はさぞやりにくかろうに。老害だ、老害」

 高瀬が役職を捨て、入社当初の部署であるメカニックに自ら戻りたいと言った時の周囲の慌てぶりが目に浮かぶ。
 リアルアバターを対外工作に使った立役者は、その後海外の同業企業と何度も会談を行い、あくまで貿易の観点から政府間の輸出入規制管理の議定書を締結させるに至った。
   交渉は始まったばかりで、まだ何も解決していない。だが、NH社が相手企業や外国から提訴される可能性が極めて低いことだけは確認できている。
   国外仕様のリアルアバターが強毒であることは、交渉相手も重々承知だ。だが、向こうも世間に公表できない事情と背景があり過ぎて身動きが取れない。
   互いに国の代理戦争をしているような立場であり、自社利益は確保したい。
   阿吽あうんの呼吸。双方致命傷となるような暴露合戦はやらないという暗黙の了解ができていた。
   高瀬は引責辞任することなく無事定年を迎えられる公算が高くなり、会社の保険としての役目を終えた。
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