182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
186 / 197
2043ー2057 高瀬邦彦

89-(3)

しおりを挟む
「シキ、都市伝説ならこういうのもある。荒廃した街に、人間を救う天使が現れるらしい」

 天使?

「無機質で整然とした街並みにあって荒廃しているのは、そこに在る人間たちだ。路地裏に倒れた者のように、誰にも顧みられず絶望の中にいる人間がそれでも生きることを願った時、そこに天使が現れる。中性的で美しい容姿はもちろんのこと、その雰囲気から人間でないことがすぐにわかるという。アンドロイドでもリアルアバターでもない、人間を超えた天界の住人がやって来るのだ。その微笑みで見つめられると、心を重ねて自分の全てを認められたような感覚になり、天使に従う人間の使者が癒しを与えるために楽園へ連れて行ってくれる。天使に出会えた幸運な人間は、再び正しく人間として生きることができるようになる。天使に会いたければ、心から願うだけでいい。天使には人間の心の声が聞こえる。願いは必ず届く。……どうだ?」

 どうだと言われてもな。救いを求める人間を救う。求めた者だけ救う。極めて効率がいいな。

「あなたは現実主義だな」

 どうせ噂を流しているのは照陽グループだろう?   駅前で似たようなチラシを見たぞ。癒しの無人島リゾートとか、魂のデトックスプランとか。

「まあ、そうかもしれないが……」

 高瀬に救えない人間たちを照陽が救おうとしているのは事実だ。高瀬は、純粋に照陽に感謝し、照陽の救済活動によって高瀬の心も救われているのだろう。
 それにしても、天使とはイオンのことだろうか。
 商業用アンドロイドであればとっくに廃棄処分の期限を過ぎているはずだ。彼らはまだ処分されることなく生かされているのだろうか……。

「噂の正体はイオンだろう。イオンは生きている。あれは研究棟を出る時点で廃棄処分したことになっている。今は、人間だ」

 人間か。だがメンテナンスはどうしている?

「イオンは照陽の財産だぞ?  非公式だがNH社から毎日メカニックを派遣して、最上級のエステ並みのケアをしている。まあ、私はあなたが入っているからイオンに会いに行くわけにはいかないが。イオンは元気だ」

 本当か⁉︎  ボディだって十八年は経っているぞ?

「部分的な交換はあるが、部品ひとつ逃さずチェックしているから大丈夫だ。詳細なカルテは作ってある。現役のメカニックである私が保証する」

 高瀬は清々しく笑った。
 六十歳を過ぎて、高瀬は一介のメカニックに戻っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

401号室

ツヨシ
ホラー
その部屋は人が死ぬ

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

無名の電話

愛原有子
ホラー
このお話は意味がわかると怖い話です。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

木の下闇(全9話・20,000字)

源公子
ホラー
神代から続く、ケヤキを御神木と仰ぐ大槻家の長男冬樹が死んだ。「樹の影に喰われた」と珠子の祖母で当主の栄は言う。影が人を喰うとは何なのか。取り残された妹の珠子は戸惑い恐れた……。

かぐや

山碕田鶴
児童書・童話
山あいの小さな村に住む老夫婦の坂木さん。タケノコ掘りに行った竹林で、光り輝く筒に入った赤ちゃんを拾いました。 現代版「竹取物語」です。 (表紙写真/山碕田鶴)

処理中です...