182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

88-(4)

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「シキ、この世にあって真理を求める者はいくらでもいる。お前も仏やら神やらの道を進めばよかろう。俗世にあって悟りを開こうなどと、本当に欲張りだな」
「カイ……?」

 渦巻く煙のような影が人の形を作り始める。闇の奥に潜む慈悲の光が影を払い、姿を見せる。
 過去これまで世界中の人間が、人智を超えた大きな存在を人に似せて絵画や彫刻に表し遺してきた。人間は共通の幻影を見るのかもしれない。
 私もまた、目の前に同じ幻影を見ていた。
 美しく輝く、無限の存在……。
   この世にいる私には、カイの本質を理解することなどできないのだ。果てがあり限りがあるのが、この世なのだ。
   カイのわずか一部分を目に見える形にしてもらったことで、私はこの世の限界を教えられた気がした。

「お前は他人の肉体を奪った最初を覚えているか?」
「川で入水しようとした小林に会った時だ」

   川岸にたたずむ生気のない男が、ぼんやりと水面を見つめていた。すぐ先の激流を予感させるように、水が暴れ始めている。足もとには時おり飛沫が上がっていた。

「シキ、お前は川岸にねる水の一滴だ。時にしてわずが二十五億秒。幻よりも短く消える、取るに足らない現象。すなわち奇跡だ」

 ピシャン……

 静かに微笑む死神に見つめられたまま、水音を聴いたような気がした。

「お前はこの世の時間に縛られている。気が遠くなるほどの時間の総量の中で、その一瞬に二度はない。一滴はわずかに玉を結び、落ちて再び川に戻る。川のどこにも境はなく、全てがお前だ。だが、次に撥ねる一滴はシキではない。シキというお前はただ一度きり、ただひとつだ。お前は尊い。全ての一滴は等しく尊い奇跡の瞬間だ」

 私は光り輝く死神に包まれていた。
 死神が与えてくる過剰なほどの慈悲に、我を忘れて魂が焼ける痛みを求める。

「カイ……」

 何も考えられない。
 魂が震えるほどの歓喜と快楽に満たされながら、ただ自分が生きていることを感じた。
   ただ一滴の魂。
   二十五億秒の奇跡……。

「なあ、シキ。お前は美しい。俺はお前をこのまま戻してやりたい。だが、お前は魂と引き換えにしてでもこの世を知りたいと言うのか。その欲は輝きの素であり、輝きを失う理由でもある」

 不意に肩を掴まれ、ぞくりと粟立つ。気づけば周囲から輝きは消えていた。

「お前が許されない存在であることに変わりはない。俺が人間として生まれていることを忘れるなよ。次に会うのは現実世界かもしれないぞ」

 そうだ。死神は私を刈るために、何度となく人間として生まれ来る。
 意識の中に現れる時は私の魂を癒し、甘やかしながら、現実の世で平然と肉体を殺そうとする。
 今の私に肉体はない。高瀬に寄生することで魂を維持している。

「お前……高瀬を殺す気か?」
「俺は人間だ。この世にどう関わろうとなんら支障はない」

 冷たく言い放つ黒い影は、霧が晴れるように姿を消した。
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