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2043ー2057 高瀬邦彦
87-(2)
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すっかり常態に戻っても、高瀬はベッドに伏したままだった。
快感の余韻と肉体に支配される安心感が私にも伝わってくる。
「普段何も考えずに身体を動かしていたことがよくわかった。一度肉体の感覚から離れてみると、この肉体が自分のものだと実感するな。離れて初めて『戻りたい』という強い欲求にかられるのか。他人の肉体を求める以上の、根源的欲求だ……」
そうだな。リアルアバターに対しても、同じ欲求を持つのだろうな。
私も高瀬もそれ以上は言わなかった。私たちには同じ未来が見えていた。
高瀬は気遣うつもりか、さりげなく話題をずらした。
「これなら、自分の肉体が変わったら別人になれるな。逆に肉体が同じであれば、中身がすり替わっても気づかれない。シキはそれでよく自分が保てるな?」
素直に感心するのはいいが、その話でいいのか? 私はお前の大切な相馬にすり替わった張本人だぞ。
直接言葉では伝えなかったが、雰囲気は察したらしい。私の身勝手な不機嫌に反応して、高瀬はさらに話題を変えた。
「そういえば最近のアンドロイドは大正レトロがトレンドらしいな。百三十年記念か? 懐古趣味の店が流行りで店員用アンドロイドもそれ風の受注が増えた」
それ風の受注とはなんだ? 服装や髪型でどうにかならないのか?
「当時の人間をタイムマシンで連れて来たかのような設定がいいらしい。どちらかといえばBS社の得意分野だが、体型も顔立ちも雰囲気も昔風の……ああ、そうだった」
高瀬は何かを思い出したらしく、タブレットに一枚の写真を映し出した。白黒写真だ。雑誌の特集記事に掲載されたものらしい。
「これはあなたか? 企画部の添付資料にあった」
端整な顔立ちの青年が背広姿で微笑んでいる。背景の建物には「吉澤外海組」の看板がはっきりと写っていた。
穏やかで知的な雰囲気の美貌が当時話題になったと注釈がついているから、昔の婦人雑誌から転載引用したのだろう。
「大正モデルはこんなのが良かろうと職員たちが話していた」
……ああ、懐かしいな。弟だ。
「弟?」
私が御者と無理心中した騒動で、詰めかけた記者の対応をした弟の経が評判になってな。後に婦人雑誌で取り上げられた時のものだろう。
「それは……」
私とはあまり似ていない。経の方が男前で誠実そうだろう? 私は自慢の弟を無条件に信頼し、溺愛していたのだ。今改めて見ても可愛いな。お前も、そう思わないか?
私の死因を知る高瀬は返事に困ったようだ。
「……あなたの写真も探せば出てくるか? 貿易商の御曹司なら、個人的な写真も撮れたのではないか?」
ない。醜聞艶聞だらけの道楽息子だぞ? 一族の恥だ。撮るわけがなかろう。
高瀬はすまなそうにタブレットの写真を閉じた。意識を完全に外に向け、私が使わせてもらった書斎を黙って片づけ始める。
おい、なんだ? お前が気にやむことではないだろう。私の事情などお前に関係ない。それに、ただの昔話だ。
「そう、だな」
高瀬はそれだけ言うと、また意識を外に向けた。
放置された気分だ。
父は、恥さらしだと理由をつけて私の写真は撮らせなかった。私が第二部に所属していたからだ。
父が最も気にしたのは、私が大陸に渡った後に従事する諜報活動支援でなるべく姿が特定されないようにすることだった。写真がないのは、身の安全を考慮した判断だったというのが真相だ。
私はずっと父に護られてきた。
私にも良い思い出くらいある。
まあ、全て昔話だ。
快感の余韻と肉体に支配される安心感が私にも伝わってくる。
「普段何も考えずに身体を動かしていたことがよくわかった。一度肉体の感覚から離れてみると、この肉体が自分のものだと実感するな。離れて初めて『戻りたい』という強い欲求にかられるのか。他人の肉体を求める以上の、根源的欲求だ……」
そうだな。リアルアバターに対しても、同じ欲求を持つのだろうな。
私も高瀬もそれ以上は言わなかった。私たちには同じ未来が見えていた。
高瀬は気遣うつもりか、さりげなく話題をずらした。
「これなら、自分の肉体が変わったら別人になれるな。逆に肉体が同じであれば、中身がすり替わっても気づかれない。シキはそれでよく自分が保てるな?」
素直に感心するのはいいが、その話でいいのか? 私はお前の大切な相馬にすり替わった張本人だぞ。
直接言葉では伝えなかったが、雰囲気は察したらしい。私の身勝手な不機嫌に反応して、高瀬はさらに話題を変えた。
「そういえば最近のアンドロイドは大正レトロがトレンドらしいな。百三十年記念か? 懐古趣味の店が流行りで店員用アンドロイドもそれ風の受注が増えた」
それ風の受注とはなんだ? 服装や髪型でどうにかならないのか?
「当時の人間をタイムマシンで連れて来たかのような設定がいいらしい。どちらかといえばBS社の得意分野だが、体型も顔立ちも雰囲気も昔風の……ああ、そうだった」
高瀬は何かを思い出したらしく、タブレットに一枚の写真を映し出した。白黒写真だ。雑誌の特集記事に掲載されたものらしい。
「これはあなたか? 企画部の添付資料にあった」
端整な顔立ちの青年が背広姿で微笑んでいる。背景の建物には「吉澤外海組」の看板がはっきりと写っていた。
穏やかで知的な雰囲気の美貌が当時話題になったと注釈がついているから、昔の婦人雑誌から転載引用したのだろう。
「大正モデルはこんなのが良かろうと職員たちが話していた」
……ああ、懐かしいな。弟だ。
「弟?」
私が御者と無理心中した騒動で、詰めかけた記者の対応をした弟の経が評判になってな。後に婦人雑誌で取り上げられた時のものだろう。
「それは……」
私とはあまり似ていない。経の方が男前で誠実そうだろう? 私は自慢の弟を無条件に信頼し、溺愛していたのだ。今改めて見ても可愛いな。お前も、そう思わないか?
私の死因を知る高瀬は返事に困ったようだ。
「……あなたの写真も探せば出てくるか? 貿易商の御曹司なら、個人的な写真も撮れたのではないか?」
ない。醜聞艶聞だらけの道楽息子だぞ? 一族の恥だ。撮るわけがなかろう。
高瀬はすまなそうにタブレットの写真を閉じた。意識を完全に外に向け、私が使わせてもらった書斎を黙って片づけ始める。
おい、なんだ? お前が気にやむことではないだろう。私の事情などお前に関係ない。それに、ただの昔話だ。
「そう、だな」
高瀬はそれだけ言うと、また意識を外に向けた。
放置された気分だ。
父は、恥さらしだと理由をつけて私の写真は撮らせなかった。私が第二部に所属していたからだ。
父が最も気にしたのは、私が大陸に渡った後に従事する諜報活動支援でなるべく姿が特定されないようにすることだった。写真がないのは、身の安全を考慮した判断だったというのが真相だ。
私はずっと父に護られてきた。
私にも良い思い出くらいある。
まあ、全て昔話だ。
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