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2043ー2057 高瀬邦彦
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高瀬は自国を守るためにやっているに過ぎない。
高瀬一人が動いているわけではない。
高瀬自身、自分が何をしようとしているのか十分にわかっている。
誰もが危惧し、誰にも止められない。この世に生きる者の総意がこれか。
この世がどこに向かうのか、今生きている人間にすらわからない。
「シキ。あなたの存在を知って、私の人生は一瞬なのだとつくづく理解した。私という時間は本当に短くて、自分に見えるのはたった今だけだ。だが、それでいい。私はそれで十分だ。今を生きたら、もうたくさんだな」
高瀬は私に笑いかけた。虚ろな笑いだ。
「……照陽は、メタバースに依存して戻れなくなった者の救済をやっている。別に宗教に引き込むわけではない。あそこに神や信仰対象はない。グループのホテルに癒しのリゾートプランだとかがあったろう? そういう類だ。現実世界で生き続けるためのカウンセリングやヒーリングもしている。ヒミコたちは自分たちのやり方で国を守ろうとしている。リアルアバターが世に出れば、さらに忙しくなるだろう。……私と違って尊い仕事だ」
お前だって。そう言いかけてやめた。
自らを卑下する高瀬を褒めても逆効果だ。
私は、この男の卑屈な態度がいつも鬱陶しかった。
高瀬が見ている世界をわずかに知った今、私は高瀬が余計に鬱陶しくなった。お前は湿度が高過ぎる。
泥舟に乗る。
一蓮托生。
じめじめした言葉しか浮かばないぞ。
「お前、相変わらず卑屈だな。なあ、高瀬。私は悪霊だ。この世に禍をもたらすためにお前に取り憑いた。これからお前の身体を操って悪の所業を実践する。怖くなったら照陽にお祓いをしてもらえ」
私の同意宣言だ。お前への協力を素面で同意できるほど私には覚悟ができていない。
自分の輪郭が曖昧になる怖さを知っている。肉体を持たない不安と、肉体を得た安心を知っている。
だからこそ断言する。
リアルアバターの国外仕様は、人間としての本能を悪用する、まさに悪の所業だ。
「くだらない」
高瀬はまた私の冗談を切って捨てた。
お前は強いのか弱いのかよくわからないな。今の私には、お前の真面目な話につきあう余裕などないぞ。
高瀬はそっと私の手首を掴んだ。
やめろ。手が震えているのを知られていい気はしない。同意はしただろう。もう私を放っておけ。
「痛っ」
高瀬は私の指に歯を当てたまま、嫌な笑い方をした。
「道楽御曹司は相変わらず軽薄だな。まったく、いつの時代の三流ホラー映画だ? そういうのはたいてい悪霊に取り憑かれた人間が破滅する結末だ。悪霊を嫌がっていたはずなのに謎設定で惹かれて相思相愛になり、人間が除霊師から逃げて悪霊と心中同然に破滅するやつだ」
「……なんだそれは。お前、そんな幼稚な純愛モノが好きなのか? 取り憑かれた人間が悪霊にイロイロされた挙句、除霊師と恋仲になって今度はこっちとイロイロして、最後に悪霊を追い出すのがお決まりだろう?」
「あなたのは安っぽい成人映画ではないのか?」
「よく知っているな。お前はそっちも好みか?」
「シキ……つくづく品性下劣な御曹司だ。その軽薄そうな笑い方もどうにかしろ。くだらない。だいたい、私に悪霊は憑いていない。お祓いなど不要だ 」
「……そうか」
高瀬は本当に世話焼きだ。くだらない私の戯言につきあって、指にしっかり歯型まで残した。
それがお前の寄り添い方か。そんな鬱陶しいやり方ではこちらの身がもたないぞ。
私は高瀬と共に世界の激流の中にいる。私の時間はまだ続いている。
生きている。なんとしても生きていく。
何があろうと、この先を見続ける。その思いだけは揺るぎない。
人間は死ぬ。
松川社長にかつて言われた言葉だ。私がアンドロイド研究への参入を提案した時に、不老不死を笑った社長はあっさりとそう言った。
本当にそのとおりだ。
永遠を望んだ私にさえ、きっとその時はやって来る。静かな予感は日に日に強くなっていく。
だが、今ではない。
まだだ。
高瀬一人が動いているわけではない。
高瀬自身、自分が何をしようとしているのか十分にわかっている。
誰もが危惧し、誰にも止められない。この世に生きる者の総意がこれか。
この世がどこに向かうのか、今生きている人間にすらわからない。
「シキ。あなたの存在を知って、私の人生は一瞬なのだとつくづく理解した。私という時間は本当に短くて、自分に見えるのはたった今だけだ。だが、それでいい。私はそれで十分だ。今を生きたら、もうたくさんだな」
高瀬は私に笑いかけた。虚ろな笑いだ。
「……照陽は、メタバースに依存して戻れなくなった者の救済をやっている。別に宗教に引き込むわけではない。あそこに神や信仰対象はない。グループのホテルに癒しのリゾートプランだとかがあったろう? そういう類だ。現実世界で生き続けるためのカウンセリングやヒーリングもしている。ヒミコたちは自分たちのやり方で国を守ろうとしている。リアルアバターが世に出れば、さらに忙しくなるだろう。……私と違って尊い仕事だ」
お前だって。そう言いかけてやめた。
自らを卑下する高瀬を褒めても逆効果だ。
私は、この男の卑屈な態度がいつも鬱陶しかった。
高瀬が見ている世界をわずかに知った今、私は高瀬が余計に鬱陶しくなった。お前は湿度が高過ぎる。
泥舟に乗る。
一蓮托生。
じめじめした言葉しか浮かばないぞ。
「お前、相変わらず卑屈だな。なあ、高瀬。私は悪霊だ。この世に禍をもたらすためにお前に取り憑いた。これからお前の身体を操って悪の所業を実践する。怖くなったら照陽にお祓いをしてもらえ」
私の同意宣言だ。お前への協力を素面で同意できるほど私には覚悟ができていない。
自分の輪郭が曖昧になる怖さを知っている。肉体を持たない不安と、肉体を得た安心を知っている。
だからこそ断言する。
リアルアバターの国外仕様は、人間としての本能を悪用する、まさに悪の所業だ。
「くだらない」
高瀬はまた私の冗談を切って捨てた。
お前は強いのか弱いのかよくわからないな。今の私には、お前の真面目な話につきあう余裕などないぞ。
高瀬はそっと私の手首を掴んだ。
やめろ。手が震えているのを知られていい気はしない。同意はしただろう。もう私を放っておけ。
「痛っ」
高瀬は私の指に歯を当てたまま、嫌な笑い方をした。
「道楽御曹司は相変わらず軽薄だな。まったく、いつの時代の三流ホラー映画だ? そういうのはたいてい悪霊に取り憑かれた人間が破滅する結末だ。悪霊を嫌がっていたはずなのに謎設定で惹かれて相思相愛になり、人間が除霊師から逃げて悪霊と心中同然に破滅するやつだ」
「……なんだそれは。お前、そんな幼稚な純愛モノが好きなのか? 取り憑かれた人間が悪霊にイロイロされた挙句、除霊師と恋仲になって今度はこっちとイロイロして、最後に悪霊を追い出すのがお決まりだろう?」
「あなたのは安っぽい成人映画ではないのか?」
「よく知っているな。お前はそっちも好みか?」
「シキ……つくづく品性下劣な御曹司だ。その軽薄そうな笑い方もどうにかしろ。くだらない。だいたい、私に悪霊は憑いていない。お祓いなど不要だ 」
「……そうか」
高瀬は本当に世話焼きだ。くだらない私の戯言につきあって、指にしっかり歯型まで残した。
それがお前の寄り添い方か。そんな鬱陶しいやり方ではこちらの身がもたないぞ。
私は高瀬と共に世界の激流の中にいる。私の時間はまだ続いている。
生きている。なんとしても生きていく。
何があろうと、この先を見続ける。その思いだけは揺るぎない。
人間は死ぬ。
松川社長にかつて言われた言葉だ。私がアンドロイド研究への参入を提案した時に、不老不死を笑った社長はあっさりとそう言った。
本当にそのとおりだ。
永遠を望んだ私にさえ、きっとその時はやって来る。静かな予感は日に日に強くなっていく。
だが、今ではない。
まだだ。
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