182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

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 高瀬は自国を守るためにやっているに過ぎない。
 高瀬一人が動いているわけではない。
 高瀬自身、自分が何をしようとしているのか十分にわかっている。
 誰もが危惧し、誰にも止められない。この世に生きる者の総意がこれか。
 この世がどこに向かうのか、今生きている人間にすらわからない。

「シキ。あなたの存在を知って、私の人生は一瞬なのだとつくづく理解した。私という時間は本当に短くて、自分に見えるのはたった今だけだ。だが、それでいい。私はそれで十分だ。今を生きたら、もうたくさんだな」

 高瀬は私に笑いかけた。うつろな笑いだ。

「……照陽は、メタバースに依存して戻れなくなった者の救済をやっている。別に宗教に引き込むわけではない。あそこに神や信仰対象はない。グループのホテルに癒しのリゾートプランだとかがあったろう?  そういう類だ。現実世界で生き続けるためのカウンセリングやヒーリングもしている。ヒミコたちは自分たちのやり方で国を守ろうとしている。リアルアバターが世に出れば、さらに忙しくなるだろう。……私と違って尊い仕事だ」

 お前だって。そう言いかけてやめた。
 自らを卑下する高瀬を褒めても逆効果だ。
 私は、この男の卑屈な態度がいつも鬱陶しかった。
 高瀬が見ている世界をわずかに知った今、私は高瀬が余計に鬱陶しくなった。お前は湿度が高過ぎる。
   泥舟に乗る。
   一蓮托生。
   じめじめした言葉しか浮かばないぞ。

「お前、相変わらず卑屈だな。なあ、高瀬。私は悪霊だ。この世にわざわいをもたらすためにお前に取り憑いた。これからお前の身体を操って悪の所業を実践する。怖くなったら照陽にお祓いをしてもらえ」

 私の同意宣言だ。お前への協力を素面しらふで同意できるほど私には覚悟ができていない。
   自分の輪郭が曖昧になる怖さを知っている。肉体を持たない不安と、肉体を得た安心を知っている。
   だからこそ断言する。
   リアルアバターの国外仕様は、人間としての本能を悪用する、まさに悪の所業だ。

「くだらない」

   高瀬はまた私の冗談を切って捨てた。
   お前は強いのか弱いのかよくわからないな。今の私には、お前の真面目な話につきあう余裕などないぞ。
   高瀬はそっと私の手首を掴んだ。
   やめろ。手が震えているのを知られていい気はしない。同意はしただろう。もう私を放っておけ。

「痛っ」

   高瀬は私の指に歯を当てたまま、嫌な笑い方をした。

「道楽御曹司は相変わらず軽薄だな。まったく、いつの時代の三流ホラー映画だ?  そういうのはたいてい悪霊に取り憑かれた人間が破滅する結末だ。悪霊を嫌がっていたはずなのに謎設定で惹かれて相思相愛になり、人間が除霊師から逃げて悪霊と心中同然に破滅するやつだ」
「……なんだそれは。お前、そんな幼稚な純愛モノが好きなのか?  取り憑かれた人間が悪霊にイロイロされた挙句、除霊師と恋仲になって今度はこっちとイロイロして、最後に悪霊を追い出すのがお決まりだろう?」
「あなたのは安っぽい成人映画ではないのか?」
「よく知っているな。お前はそっちも好みか?」
「シキ……つくづく品性下劣な御曹司だ。その軽薄そうな笑い方もどうにかしろ。くだらない。だいたい、私に悪霊は憑いていない。お祓いなど不要だ 」
「……そうか」

   高瀬は本当に世話焼きだ。くだらない私の戯言ざれごとにつきあって、指にしっかり歯型まで残した。
   それがお前の寄り添い方か。そんな鬱陶しいやり方ではこちらの身がもたないぞ。
 私は高瀬と共に世界の激流の中にいる。私の時間はまだ続いている。
 生きている。なんとしても生きていく。
 何があろうと、この先を見続ける。その思いだけは揺るぎない。

 人間は死ぬ。

 松川社長にかつて言われた言葉だ。私がアンドロイド研究への参入を提案した時に、不老不死を笑った社長はあっさりとそう言った。
 本当にそのとおりだ。
 永遠を望んだ私にさえ、きっとその時はやって来る。静かな予感は日に日に強くなっていく。
 だが、今ではない。
 まだだ。
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