182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

86-(3)

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「国外仕様……。中毒性を強めた別バージョンでも作って世界中にばらまき、報復、あるいは攻撃でも仕掛ける気か?」
「ずいぶんと物騒だな。国別カスタマイズはゲーム用の娯楽嗜好品が中心だが、福祉用具も対象にしている。あくまで利便性を高める商品開発の一環だ」
「戦争だと言ったのはお前だ」

 高瀬はいつもの癖なのか、核心の明言を避けた。

「報復や攻撃のためではない。終戦のためだ。外国製品に半ば自主的に侵略されているこの国で今やっている対策といえば、適当な理由をつけて中毒性の強過ぎる危険な外国製品を部分的に排除するか、中毒患者の救済がせいぜいだ。対症療法。防災ではなく減災だ」
「後手に回った専守防衛だな」
「しかも、相手は一国ではない。多正面作戦だ。だから、一気に反転攻勢に出る。この先輸入制限をかけるにしても安全基準を設けるにしても、有利に交渉を進め、一方的な侵略から脱するために、市場を圧倒的に独占支配するのだ」
「世界中の顧客を人質にして交渉するのか?  破綻しているな。国外仕様品は強毒なのだろう?  ならば、商品を手にした顧客は全て絶望的な中毒患者になっている。人質は健康で無傷だから価値がある。……おい、まさか顧客は見せしめか?  中毒患者を大量に作った上で、これ以上被害を拡大させたくなければさっさと交渉しろと脅すのか?  そんなことをしたら、NH社が潰れるぞ」

   高瀬がやろうとしていることは、結局世界中に中毒患者を増やすだけではないのか。
   私の苛立ちを高瀬は呆れるように見ていた。あなたは甘い。そう言いたいのだろう。
   ならばお前は納得しているのか?
   お前のように組織に属していれば、社の方針に無批判に従うのも良かろう。だが、今の私は大義名分のないフリーランスの悪霊だ。
   何を動機に協力できるというのだ?
   そもそもこんな計画を一企業だけでやるはずがない。お前はどうせ国と共謀して、同じかそれ以上の任務を負わされている。高瀬に決定権などあるはずもない。

「お前は軍人ではないぞ。責任を問われる時は、お前一人が切り捨てられて終わりだ」

   言うだけ無駄か。お前は拒否権もない社畜だ。

「私が大陸にいた頃と形は変わろうとも、未だこの国で戦争が続いているとはな。人間は争うために生きている。唯一の教訓だ」

   私のぼやきを高瀬は無視した。

「シキ、この戦争は、互いの国力を削り合う消耗戦にしかならない。そんなことはわかっている。だが、安全基準を設けて過度な刺激を制限する協定が結ばれても、誰もそれ以前の世界に戻ろうとはしないだろう。技術は常に進歩してより快適に、便利に、有益になると思い込んでいる。今以上の満足を求め続ける。だから常に、今が一番刺激の少ない世界だ。このままでは誰もが日々一歩ずつ中毒患者に近づいていく。中毒とは無縁の生活を送る人間たちも、世の中の流れに巻き込まれる。後手に回って対症療法だけやっているのは、何もしないのと同じだ。一日でも早く手を打たなければ、この国は滅びる」
「お前が話しているのは、ほぼ政府のやるべき仕事だろう」
「この国は現在どこの国とも表向き交戦状態にはない。よって交渉のテーブルにつく相手が存在しない。非公式会談を持ちかけても知らぬ存ぜぬだ。だから市場経済の問題として、競合する企業を交渉に引きずり出し叩き潰すしかない。あくまでも商品開発競争の激化による摩擦を解消することが目的だ。いつか大量の中毒患者や死者がマスコミに取り上げられる日が来ても、企業の利益優先姿勢が批判され倫理観が問われて終わりだ。国の侵略など陰謀論だと笑われるだけだ。あなたにもわかるだろう?」
「……裏部門に国外仕様開発チームを作るのだな?」

 高瀬は、何を今さらという顔をした。
 表部門の正規リアルアバターに、裏部門という存在しないはずの部署が手を加えて強毒のバージョンを作る。それを正規品として輸出するのだろう。当然ながら、仕様書や性能検査証は正規品のままだ。
 たとえ発覚しても、表部門はたずさわっていない。NH社は、海賊版だとでも言いつのっていっさいの関与を認めないだろう。
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