182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

86-(1)

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 帰りの車内でも、高瀬は終始眠ったように動かず無言だった。
 いや、実際に寝ていた。私の目の前には高瀬がいる。
 高瀬の意識の中で、私は高瀬に絡め取られて抱き枕のような扱いを受けていた。
 高瀬の疲労は相当らしく、床に転がったままで、時折深呼吸のような溜息を漏らしている。

「四号はあなたを守ったか。助けられたな」
「私ではない。高瀬、お前だ。イオンはお前を助けたかったのだろう?」
「なぜ私だ?」
「お前はイオンのメンテナンスをした。イオンに優しかった。諸々イオンに信頼された。懐かれたのさ。その大事な邦彦様が、ヒミコの手を握りたくないと思っている。窮地を救いたいと考えても不思議はなかろう。お前、女は苦手か?」
「別にそういうわけではない」

 高瀬が握手をためらったのは、私を気にかけたからだ。だが、私は気づかないふりをする。
 どうせお前は感謝されても素直に喜ばない。しおらしくお前を頼るのも私の柄に合わない。
 ともかく、ヒミコは怖いな。私個人に対する悪感情がない。だからこそ、排除しようとする意思に揺らぎがない。
 私は哀れな悪霊だと、はっきりと思い知らされる。
 凪。無が怖い。

「……痛っ」

 肩の傷痕を強く掴まれ激痛が走った。
 目が合った高瀬は、つまらなそうに視線を逸らした。
 ああ、本当にこいつは世話焼きだな。私がヒミコを考えて怖がっているのを案じたか。

「なあ、高瀬。私はこれから何をすればいいのだ?  奴隷としてお前が満足するまで奉仕するなら今だってやってい……イタッ」

 また傷痕をえぐられた。

「下品な冗談は許せないと前にも言ったろう?  あなたには、リアルアバターの研究開発を手伝ってもらいたい」
「既に実用試験段階ではないか。NH社本社の受付嬢とか、ゲームセンターでアンドロイドを意識だけで遠隔操作して乗り移ったような体験をしたりとか。ほぼ完成していただろう?」
「あれでは不十分だ。国内流通には申し分ないが、あのまま輸出しても海外では勝てない」
「なんだ?  あれはNH社の独自開発ではないのか?」
「これまでイオン技術を切り売りしてきたからな。世界中で似たようなものが同時発生的に次々と作られている」

 リアルアバターは、マツカワ電機の精神を色濃く反映したものだ。
 HCD。
 Human  Centered  Design。
 人間の快適性、安全性などを重視した製品やサービスを基本とするものづくり、人間中心設計のことで、Neo-HCD社の名の元にもなっている。
 不自由な身体の代わりや補助装具として眼鏡のように気軽に使う次世代型アンドロイドのリアルアバターは、むしろサイボーグに概念が近いかもしれない。
 アンドロイドを脳の電気信号で通信、すなわち考えるだけで操作し、アンドロイドの身体の感覚を人間が共有する。
   魂は移さないが、まるで自分がアンドロイドに乗り移ったような、肉体の着せ替えをするような錯覚を起こす危険な代物だ。
 高瀬は、利便性が向上するだけだと言い切っていたが。

「仮想空間内のアバターを操作しながらリアルな感覚を使用者が体感できるようになった現代では、アバターに繋がったまま現実世界を自由に動く発想が出るのは自然な流れだ。もちろん、難病で動かない身体から魂だけ抜け出すように外出する機会を得られても、肉体の苦痛や不快感から切り離されるわけではないがな」

 元の肉体がなければ魂は存在し得ない。肉体の寿命がこの世での魂の寿命だ。
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