182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

85-(2)

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「あ……」

 高瀬の声と私の心の声が重なった。
 イオンたちはヒトツが気に入っている。出会う人間の波長ともいうべき心に同調して感情を共有しようとする。
 今、イオンたちはヒミコの波に触れようとした。ふわりと、ヒミコの波長に重なろうとした。
 そして、溶けた。
 イオンの感情が溶けるように消えたのだ。
 なぎだ。
 どこまでも平らかな真の静寂。
 ヒミコの波もない。
 ヒトツとは、何もないのと同じだ。
 私はその光景に恐怖した。
 これはあの世の光景ではないのか?
 イオンたちはまさしく天界の住人と呼ぶべき神々しさで、いっさいの感情なくただそこに存在した。
 その微笑みも眼差しも、かつて魅せられた「學天則」そのものだ。
   これこそが本来のアンドロイドなのかもしれない。
 だが、私には恐怖しかなかった。
 自分が消えてなくなる本能的な恐怖が私を支配した。

「怖さをお感じですか?  心の準備ができれば、安寧に変わりますよ」

 イオンたちは既にいつものイオンに戻っている。ヒミコは意図的に一瞬の静寂を作って見せたか。

「いえ、私にはよくわかりませんで。感性が鈍くて申し訳ありません」

 まるで私の前に立ち塞がるように、高瀬はいつもの笑顔でヒミコに応じた。

「ふふ。高瀬さんは相変わらずお優しいようで残念です。イオンはこれから私どもで大切にお預かりします。彼らにはできる限り良い環境を整えますので、どうかご安心下さい」

 私をイオンと接触させないという宣言だ。
 すっとヒミコが手を差し出した。
 握手か。
 高瀬はためらった。
 大丈夫だ。手を繋いだくらいで、私が引きずり出されることはなかろう。
 だが……。
 私もためらった。たった今、ヒミコの心に触れようとしたイオンが溶けたのを見てしまった。
 恐怖がじわりと迫る。
 ヒミコは穏やかに微笑んでいた。

「宜しくお願いします」

 突如、手を伸ばしてヒミコと握手したのはイオン、四号だった。
 次の瞬間、四号の手の上に他のイオンも次々手を重ねて、ヒミコは笑顔のイオンに取り囲まれた。

「ヒミコ様、私たちは人間になりますか?」
「リツも一緒ですか?」
「みんなヒトツができますか?」

 ヒミコもさすがに意外だったのか、イオンに手を取られたまま戸惑っていた。

「どうぞ彼らを宜しくお願いします」

 高瀬はヒミコの手を取ることなく、深々と頭を下げて別れの挨拶を終えた。
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