182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

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「イオンは限りなく人間に近いが、やはり根本的に感覚が違う。だが、今までに見てきたアンドロイドとも違うのだ。宇宙人にでも遭遇したらこんな感じになるのか?  私は正直、怖い。BS社が人格移殖したというリツには人間らしさを感じたが」

 リツか……だろうな。
 純正イオンはラッパムシと一緒だ。イオンが自分で言っていた。
 ただ在って、ただ消える。ラッパムシに意識はあるが、身体が壊れれば消えてなくなる。そこに魂はない。

「ラッパムシ?  あなたたちがイオンに与えた絵本か」

 よく知っているな。ああ、相馬が注文したからチェックしたのか。

「学術論文を絵本だという神経がわからない」

 イオンに読み聞かせる物はなんでも絵本だよ。
 高瀬は自分で淹れたコーヒーを飲みながら、つまらなそうに昼の弁当を食べている。
 会話の内容は弾みようもなく、ほぼ独り言のように私と対話する最低の状況に、両脇から寄り添うイオンの笑顔が華を添える。
 こういうのがホストクラブか?

「ありえない。これでいいはずがない」

 高瀬は不機嫌そうにカップを口に運ぶ。
 苦い。お前、いつもどれだけ濃いコーヒーを飲んでいるのだ? 毒だ。ストレスがなくても胃に穴があくぞ。

「勝手に味見するな」

 高瀬は酒はやらないのか?  この身体なら酒はいけるだろう?

「仕事で飲むだけだ。美味くない」

 仕事だろうが、美味い酒は美味いぞ。楽しく飲めば良かろう。

「あなたの人生はそれほど楽しかったか?  道楽御曹司は不死まで望んで永遠に何を夢見た?  この世はそれほど魅力的か?」

 今の高瀬に楽しい人生を想像する余裕はないだろう。イオンたちは高瀬の不穏な様子に戸惑いを見せていた。
 私は高瀬の問いには答えず、心を閉ざした。今は仕事に集中してもらった方が良さそうだ。
 高瀬は今日中にイオンの報告書を仕上げて、明日には帰るに違いない。
 ……人生は楽しかったか?
 失礼な問いだ。私はまだ生きている。
 ……永遠に何を夢見た?
 この世の先がどうなるのか、ただ見たかった。それだけだ。
 高瀬に気づかれないよう、意識の端で溜息をつく。
 私が生まれたのは革命や大きな戦争が続いていた時代だ。組織の不祥事の隠蔽、嫉妬や邪推による権力争い……結局私は、軍人や諜報員としての本来の敵ではなく、味方であったはずの者に嫌われ殺された。
 人生に満足などなかった。まだ終わりにはしたくなかった。
 その思いが私をこの世へ執着させた。我ながら不純でいやしい動機だ。
 あれから既に百年は過ぎた。
 私は満足できたのか?
 死神に追われてまで生き続けた甲斐はあったか?

 ……シキ……
 シキ……

 私を呼ぶ声が聞こえる。
 わかっている。お前は常に私のそばにいるのだろう?
 まだだ。
 私には満足も絶望もまだ足りない。
 人生を生ききっていない。
 お前が私を甘やかすから、私はすっかりわがままになっているではないか。
 死神から逃げることに必死だったはずが、今はお前に護られている気さえするぞ。
 カイ……お前が私を生かし続けているのだ。
 つくづくタチの悪い亡霊になったものだ。
 私は、どこへ向かうのであろうな。

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