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2043ー2057 高瀬邦彦
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「イオンは限りなく人間に近いが、やはり根本的に感覚が違う。だが、今までに見てきたアンドロイドとも違うのだ。宇宙人にでも遭遇したらこんな感じになるのか? 私は正直、怖い。BS社が人格移殖したというリツには人間らしさを感じたが」
リツか……だろうな。
純正イオンはラッパムシと一緒だ。イオンが自分で言っていた。
ただ在って、ただ消える。ラッパムシに意識はあるが、身体が壊れれば消えてなくなる。そこに魂はない。
「ラッパムシ? あなたたちがイオンに与えた絵本か」
よく知っているな。ああ、相馬が注文したからチェックしたのか。
「学術論文を絵本だという神経がわからない」
イオンに読み聞かせる物はなんでも絵本だよ。
高瀬は自分で淹れたコーヒーを飲みながら、つまらなそうに昼の弁当を食べている。
会話の内容は弾みようもなく、ほぼ独り言のように私と対話する最低の状況に、両脇から寄り添うイオンの笑顔が華を添える。
こういうのがホストクラブか?
「ありえない。これでいいはずがない」
高瀬は不機嫌そうにカップを口に運ぶ。
苦い。お前、いつもどれだけ濃いコーヒーを飲んでいるのだ? 毒だ。ストレスがなくても胃に穴があくぞ。
「勝手に味見するな」
高瀬は酒はやらないのか? この身体なら酒はいけるだろう?
「仕事で飲むだけだ。美味くない」
仕事だろうが、美味い酒は美味いぞ。楽しく飲めば良かろう。
「あなたの人生はそれほど楽しかったか? 道楽御曹司は不死まで望んで永遠に何を夢見た? この世はそれほど魅力的か?」
今の高瀬に楽しい人生を想像する余裕はないだろう。イオンたちは高瀬の不穏な様子に戸惑いを見せていた。
私は高瀬の問いには答えず、心を閉ざした。今は仕事に集中してもらった方が良さそうだ。
高瀬は今日中にイオンの報告書を仕上げて、明日には帰るに違いない。
……人生は楽しかったか?
失礼な問いだ。私はまだ生きている。
……永遠に何を夢見た?
この世の先がどうなるのか、ただ見たかった。それだけだ。
高瀬に気づかれないよう、意識の端で溜息をつく。
私が生まれたのは革命や大きな戦争が続いていた時代だ。組織の不祥事の隠蔽、嫉妬や邪推による権力争い……結局私は、軍人や諜報員としての本来の敵ではなく、味方であったはずの者に嫌われ殺された。
人生に満足などなかった。まだ終わりにはしたくなかった。
その思いが私をこの世へ執着させた。我ながら不純で卑しい動機だ。
あれから既に百年は過ぎた。
私は満足できたのか?
死神に追われてまで生き続けた甲斐はあったか?
……シキ……
シキ……
私を呼ぶ声が聞こえる。
わかっている。お前は常に私のそばにいるのだろう?
まだだ。
私には満足も絶望もまだ足りない。
人生を生ききっていない。
お前が私を甘やかすから、私はすっかりわがままになっているではないか。
死神から逃げることに必死だったはずが、今はお前に護られている気さえするぞ。
カイ……お前が私を生かし続けているのだ。
つくづくタチの悪い亡霊になったものだ。
私は、どこへ向かうのであろうな。
リツか……だろうな。
純正イオンはラッパムシと一緒だ。イオンが自分で言っていた。
ただ在って、ただ消える。ラッパムシに意識はあるが、身体が壊れれば消えてなくなる。そこに魂はない。
「ラッパムシ? あなたたちがイオンに与えた絵本か」
よく知っているな。ああ、相馬が注文したからチェックしたのか。
「学術論文を絵本だという神経がわからない」
イオンに読み聞かせる物はなんでも絵本だよ。
高瀬は自分で淹れたコーヒーを飲みながら、つまらなそうに昼の弁当を食べている。
会話の内容は弾みようもなく、ほぼ独り言のように私と対話する最低の状況に、両脇から寄り添うイオンの笑顔が華を添える。
こういうのがホストクラブか?
「ありえない。これでいいはずがない」
高瀬は不機嫌そうにカップを口に運ぶ。
苦い。お前、いつもどれだけ濃いコーヒーを飲んでいるのだ? 毒だ。ストレスがなくても胃に穴があくぞ。
「勝手に味見するな」
高瀬は酒はやらないのか? この身体なら酒はいけるだろう?
「仕事で飲むだけだ。美味くない」
仕事だろうが、美味い酒は美味いぞ。楽しく飲めば良かろう。
「あなたの人生はそれほど楽しかったか? 道楽御曹司は不死まで望んで永遠に何を夢見た? この世はそれほど魅力的か?」
今の高瀬に楽しい人生を想像する余裕はないだろう。イオンたちは高瀬の不穏な様子に戸惑いを見せていた。
私は高瀬の問いには答えず、心を閉ざした。今は仕事に集中してもらった方が良さそうだ。
高瀬は今日中にイオンの報告書を仕上げて、明日には帰るに違いない。
……人生は楽しかったか?
失礼な問いだ。私はまだ生きている。
……永遠に何を夢見た?
この世の先がどうなるのか、ただ見たかった。それだけだ。
高瀬に気づかれないよう、意識の端で溜息をつく。
私が生まれたのは革命や大きな戦争が続いていた時代だ。組織の不祥事の隠蔽、嫉妬や邪推による権力争い……結局私は、軍人や諜報員としての本来の敵ではなく、味方であったはずの者に嫌われ殺された。
人生に満足などなかった。まだ終わりにはしたくなかった。
その思いが私をこの世へ執着させた。我ながら不純で卑しい動機だ。
あれから既に百年は過ぎた。
私は満足できたのか?
死神に追われてまで生き続けた甲斐はあったか?
……シキ……
シキ……
私を呼ぶ声が聞こえる。
わかっている。お前は常に私のそばにいるのだろう?
まだだ。
私には満足も絶望もまだ足りない。
人生を生ききっていない。
お前が私を甘やかすから、私はすっかりわがままになっているではないか。
死神から逃げることに必死だったはずが、今はお前に護られている気さえするぞ。
カイ……お前が私を生かし続けているのだ。
つくづくタチの悪い亡霊になったものだ。
私は、どこへ向かうのであろうな。
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