182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

82-(2)

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「イオンがその能力をオカルトの範疇はんちゅうで発揮する分には構わないだろう。だが照陽の管理下ならば、いずれイオンは我が国のために働くようになるかもかもしれないな」

 照陽は、それほど国と関係が深いのか。

「私は知らない。知ろうとも思わない」

 お前は知らないことで命を担保しているのか。賢明だな。
   知らなくてもいいことに首を突っ込んで機密に触れれば、命の保証はない。私がまさに実例だ。

「邦彦様、そろそろお昼にしませんか。お疲れではありませんか?」

 イオンが声をかけてきた。三号だ。玄関前に配達された弁当を取りに行って、二階の多目的室に運ぶ途中だろう。
 高瀬がいる一階の実験室を覗いてニコニコと笑っている。

「ありがとう。すぐに行くよ。みんなも休憩だ」
「はい、邦彦様」

 高瀬の両隣には、朝からイオンが張りついている。
   イオンたちは高瀬が気に入ったのか同調遊びが楽しいのか、話しかけることなく高瀬の心に寄り添うように波長を合わせてヒトツの空間を作っていた。
   中にいる私を完全無視して平然としている。

「イオンはシキに会えるのが楽しみだったのではないのか?  シキとヒトツになれなくてねているのか?」

 イオンの感情は常に今だけのものだ。未来を楽しみにすることはない。拗ねることも恨むこともないさ。私が話しかけないから待機状態みたいなものだ。

「やはり、ただの機械だ」

 お前、イオンが怖いのか?  イオンはただの機械だと何度も強調するのは、逆に人間との線引きが曖昧だからだろう?  人間に近過ぎるアンドロイドは、本能的恐怖を抱かせるからな。

「イオンは不気味の谷をとっくに超えている。自我の実験を始めた後のイオンは危険だ。アンドロイドだと言われなければ、誰もが人間と認識するだろう。だから私は、これは機械だと自分に言い聞かせながら接している。自分が何を相手にしているのかわからなくなる恐怖が常にある」

 BS社が人格移殖実験を始めた時から、人間とアンドロイドの境界は曖昧だった。
   人格移殖した精神は人間だが、身体は機械だ。人格データは人間として扱えるのか? 全体としてみたら人間なのか?
 私の魂がイオンに入ったら、イオンは人間か?  アンドロイドか? 
 リアルアバターの開発は、さらに境界を曖昧にするだろう。
 魂は器を失うぞ。
 器のない魂は自らの形を忘れ、百年もさまよえば消滅する……。

「消滅ではなくヒトツです」

 高瀬の隣にいた五号が、嬉しそうに言った。私の声を聞いていたのだろう。

「全てヒトツです。境界がなくなれば、混ざってヒトツになります。先生は何が怖いですか?  ヒトツは嬉しいではないのですか?」

 ヒトツは自分から見たら、何もないのと同じだ。

「あなたは寂しがりか」

 高瀬は呆れたように溜息をつくと、三号の待つ二階へと向かった。
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