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2043ー2057 高瀬邦彦
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シキ……。
私を呼ぶ声がする。私をなでる柔らかな感触が心地良い。
黒い影が私を包む。
「久しいな。今になって俺を呼んだか、シキ」
「カ……⁉︎」
その名を口にしてはいけない。
黒い影にしがみついた私は、思わず振り返った。
ここは高瀬の意識の中だ。高瀬に、死神の名を教えてはならない。
高瀬は無言のまま黒い影を見ていた。高瀬をうかがう私に気づき、無表情に見返してくる。
「賢明だな、シキ。俺はあの人間にまだ用はない。名を知らせる必要はない」
死神が高瀬と縁のないことに私は安堵した。高瀬の体調は相当に悪そうだが、まだ未来は残されているらしい。
「お前も賢明だな。そこでおとなしくしていろ。用事はすぐ済む」
言われた高瀬は、視線を逸らさずうなずいた。
すっと手が伸びるように、黒い影が私を包む。私は引き寄せられるようにして、影のさらに奥に見える輝きに触れた。
「クッ……」
魂の焼ける感覚が全身を覚醒させる。
痛みで溢れる快感が、生きていることを実感させる。
「近過ぎる」
黒い影が私を遠ざけようとするが、構わずしがみついた。仕方ないというふうに自らわずかに離れた影は、私が欲するままエネルギーを与え、私を満たす。
「シキ、ずいぶんと虚ろになったな。あれに奪われたか。大抵は取り憑いて奪うものだがな」
死神は高瀬を見ながら面白そうに笑った。快楽に身を委ねる私をその闇で優しく包み、高瀬のつけた傷痕に静かに触れて癒す異様な黒い影を高瀬は身じろぎもせずに見ていた。
「安心しろ。お前を責めているのではない。お前はこの不具合のせいで貴重な命の時間を割かれたのだ。俺の不祥事だ。これを世話した分の慰謝料くらいは出してやらねばなるまい」
「慰謝……料……?」
高瀬はわずかに震える声で訊いた。
「お前の望みをくれてやる。俺が与えずとも、自ら強く望めばどうせ手に入る機会だ。機会をどう生かすかはお前次第だ。俺はこの世の些事に関わる気はない」
機会……?
快楽に沈む朦朧とした意識の中で、死神の言葉を反芻した。
高瀬の望みを与える?
ぼんやりと考えるが、思考がまとまらない。
死神の影が、そっと私の頬をなでた。
「シキ、消えるなよ」
しがみつく黒い影と輝く光は、霧が晴れるように高瀬の意識の中から去った。
死神の気配はどこにもない。触れられた感触すら消えていた。
だが、私の魂は輝きを取り戻している。立ち上がった私は、高瀬の意識の中で自分の像がくっきりと現れているのを確認した。
カイ……。
お前はなぜ現れた? なぜ私に慈悲を与えて去る?
この世への未練は自分にしか断ち切れない。だから私が自らこの世を去るまで、そうしてお前は待ち続けるのか?
私がこの世に満足するまで。
私がこの世に絶望するまで。
満足も絶望もこの世を離れる動機として等価だとでもいうのか。
私を呼ぶ声がする。私をなでる柔らかな感触が心地良い。
黒い影が私を包む。
「久しいな。今になって俺を呼んだか、シキ」
「カ……⁉︎」
その名を口にしてはいけない。
黒い影にしがみついた私は、思わず振り返った。
ここは高瀬の意識の中だ。高瀬に、死神の名を教えてはならない。
高瀬は無言のまま黒い影を見ていた。高瀬をうかがう私に気づき、無表情に見返してくる。
「賢明だな、シキ。俺はあの人間にまだ用はない。名を知らせる必要はない」
死神が高瀬と縁のないことに私は安堵した。高瀬の体調は相当に悪そうだが、まだ未来は残されているらしい。
「お前も賢明だな。そこでおとなしくしていろ。用事はすぐ済む」
言われた高瀬は、視線を逸らさずうなずいた。
すっと手が伸びるように、黒い影が私を包む。私は引き寄せられるようにして、影のさらに奥に見える輝きに触れた。
「クッ……」
魂の焼ける感覚が全身を覚醒させる。
痛みで溢れる快感が、生きていることを実感させる。
「近過ぎる」
黒い影が私を遠ざけようとするが、構わずしがみついた。仕方ないというふうに自らわずかに離れた影は、私が欲するままエネルギーを与え、私を満たす。
「シキ、ずいぶんと虚ろになったな。あれに奪われたか。大抵は取り憑いて奪うものだがな」
死神は高瀬を見ながら面白そうに笑った。快楽に身を委ねる私をその闇で優しく包み、高瀬のつけた傷痕に静かに触れて癒す異様な黒い影を高瀬は身じろぎもせずに見ていた。
「安心しろ。お前を責めているのではない。お前はこの不具合のせいで貴重な命の時間を割かれたのだ。俺の不祥事だ。これを世話した分の慰謝料くらいは出してやらねばなるまい」
「慰謝……料……?」
高瀬はわずかに震える声で訊いた。
「お前の望みをくれてやる。俺が与えずとも、自ら強く望めばどうせ手に入る機会だ。機会をどう生かすかはお前次第だ。俺はこの世の些事に関わる気はない」
機会……?
快楽に沈む朦朧とした意識の中で、死神の言葉を反芻した。
高瀬の望みを与える?
ぼんやりと考えるが、思考がまとまらない。
死神の影が、そっと私の頬をなでた。
「シキ、消えるなよ」
しがみつく黒い影と輝く光は、霧が晴れるように高瀬の意識の中から去った。
死神の気配はどこにもない。触れられた感触すら消えていた。
だが、私の魂は輝きを取り戻している。立ち上がった私は、高瀬の意識の中で自分の像がくっきりと現れているのを確認した。
カイ……。
お前はなぜ現れた? なぜ私に慈悲を与えて去る?
この世への未練は自分にしか断ち切れない。だから私が自らこの世を去るまで、そうしてお前は待ち続けるのか?
私がこの世に満足するまで。
私がこの世に絶望するまで。
満足も絶望もこの世を離れる動機として等価だとでもいうのか。
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