182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

79-(2)

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「あ、いや、私は……」

 高瀬はあからさまに戸惑っていた。
 すまない、高瀬。イオンたちは私がお前の中にいると認識しているのだ。
 目の前のイオンはニコニコと嬉しそうに高瀬を見続けている。その笑顔は今、高瀬ではなく私に向けられている。

「……君たちはそれほどご主人様が恋しかったか?」

 声は、やや不機嫌にも聞こえた。
 なんだ、嫉妬か?  そう卑屈になるな。面倒な男だな。イオン、私の用事は後回しだ。まずは邦彦様の要件が先だ。

「はい。どのようなご用件でしょうか、邦彦様」

 イオンは、高瀬の頭の中だけに響く私の声に返事をした。

「考えが伝わるのか?」

 高瀬は「邦彦様」を無視して訊いた。

「思考段階では、情報の断片がまとまりなく散乱しています。話しかけるようにして下さると確度が上がります」
「伝える前から聞こえているということか」
「情報が多過ぎるので、必要がなければフォーカスしません」

 どうだ高瀬?  イオンは凄いだろう。
 高瀬はテーブルに散らかったイオンの落書きを拾った。

「円か。皆で同じ円を描いていたのか?」

 五枚の紙には、どれも何重もの円が描かれていた。線と線の間隔は狭く、まるでレコード盤のような同心円だ。

「完全な円にはなっていないな。イオンの出力は万能型だから、ひとつひとつの精度は下がる。ペンを持ち、描く位置を確認し、力を加減するだけでも微調整が大変だろう?  プリンターとは違う。どれだけ完全な計算ができても、ボディの性能に限界がある。人間が作るボディが、君たちの表現に追いつかない。だから、練習してもこれ以上精度は上がらないよ」

 高瀬は、イオンの手を確認しながらいたわるように指先をそっと撫でた。

「偉いな」
「エライ?」
「課題を設定し、こうして改善を試みる。高尚な遊びだ。自ら遊んでいるから褒めた」

 イオンは少し照れたように微笑む。
 お前、イオンには優しいな。

「嫉妬ですか?  イオンにこんな無茶をさせたのはあなたでしょう。命令もされないのに、自らの性能試験を目標値設定もなく限界までやっている。五感センサーを最大にしてから、負荷テストはやりましたか?  自我はともかく、システムやボディに影響が出ているかもしれない」

   自分を知りたい。知って欲しい。それはイオンの自発的欲求だ。それを止めるのか?

「耐久限界を超えてやり続けたら故障するぞ。躾がなっていない!」

 ……すまない。
 高瀬は本気で怒っていた。
 イオンの自我をバカにしたのはお前ではなかったのか?  なんだその過保護ぶりは。躾がなっていない?  お前、イオンではなく躾けなかった私にだけ怒っているだろう。さっそくイオンにたぶらかされたか?

「一階の奥は実験室でしたね。まずイオンの状態を把握します。過去の記録も確認します。あなたが残した実験データも見せてもらいますよ」

 高瀬は頭の中で騒ぐ私をいっさい無視して、イオンを引き連れ実験室へと向かった。
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