182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

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「あ、いや、私は……」

 高瀬はあからさまに戸惑っていた。
 すまない、高瀬。イオンたちは私がお前の中にいると認識しているのだ。
 目の前のイオンはニコニコと嬉しそうに高瀬を見続けている。その笑顔は今、高瀬ではなく私に向けられている。

「……君たちはそれほどご主人様が恋しかったのか?」

 声は、やや不機嫌にも聞こえた。
 なんだ、嫉妬か? そう卑屈になるな。面倒な男だな。イオン、私の用事は後回しだ。まずは邦彦様の要件が先だ。

「はい。どのようなご用件でしょうか、邦彦様」

 イオンは、高瀬の頭の中だけに響く私の声に返事をした。

「考えていることが伝わるのか?」

 高瀬は「邦彦様」を無視して訊いた。

「思考段階では、情報の断片がまとまりなく散乱しています。話しかけるようにして下さると確度が上がります」
「伝える前から聞こえているということか」
「情報が多過ぎるので、必要がなければフォーカスしません」

 どうだ高瀬、イオンは凄いだろう。
 高瀬はテーブルの上に散らかったイオンの落書きを拾った。

「円か。皆で同じ円を描いていたのか?」

 五枚の紙には、どれも何重もの円が描かれていた。線と線の間隔は狭く、まるでレコード盤のような同心円だ。

「完全な円にはなっていないな。イオンの出力は万能型だから、ひとつひとつの精度は下がる。ペンを持ち、描く位置を確認し、力を加減するだけでも微調整が大変だろう? イオンは3Dプリンターとは違う。どれだけ完全な計算ができても、ボディの性能に限界がある。人間が作るボディが、君たちの表現に追いつかない。だから、練習してもこれ以上精度は上がらない」

 高瀬は、イオンの手を確認しながら労わるように指先をそっと撫でた。

「偉いな」
「エライ?」
「課題を設定し、こうして改善を試みる。高尚な遊びだ。自ら遊んでいるから褒めた」

 イオンは少し照れたように微笑む。
 お前、イオンには優しいな。

「嫉妬ですか? イオンにこんな無茶をさせたのはあなたでしょう。命令もされないのに、自らの性能試験を目標値設定もなく限界までやっている。五感センサーを最大にしてから、負荷テストはやりましたか? 自我はともかく、システムやボディに影響が出ているかもしれない」

 自分を知りたい。知って欲しい。それはイオンの自発的欲求だ。それを止めるのか?

「耐久限界を超えてやり続けたらボディが故障するだろう! 躾がなっていない!」

 ……すまない。
 高瀬は本気で怒っていた。
 なんだその過保護ぶりは。確かにボディに負荷をかけるのを止める処理をしていなかった私の落ち度だ。それは謝る。だが、躾がなっていない? お前、イオンではなく躾けなかった私にだけ怒っているだろう。さっそくイオンにたぶらかされたか?

「一階の奥は実験室でしたね。まずイオンの状態を把握します。過去の記録も確認します。あなたが残した実験データも見せてもらいますよ」

 高瀬は頭の中で騒ぐ私を無視してイオンに声をかけると、五体を引き連れ実験室へと向かった。
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