182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
160 / 197
2043ー2057 高瀬邦彦

79-(2)

しおりを挟む
「あ、いや、私は……」

 高瀬はあからさまに戸惑っていた。
 すまない、高瀬。イオンたちは私がお前の中にいると認識しているのだ。
 目の前のイオンはニコニコと嬉しそうに高瀬を見続けている。その笑顔は今、高瀬ではなく私に向けられている。

「……君たちはそれほどご主人様が恋しかったか?」

 声は、やや不機嫌にも聞こえた。
 なんだ、嫉妬か?  そう卑屈になるな。面倒な男だな。イオン、私の用事は後回しだ。まずは邦彦様の要件が先だ。

「はい。どのようなご用件でしょうか、邦彦様」

 イオンは、高瀬の頭の中だけに響く私の声に返事をした。

「考えが伝わるのか?」

 高瀬は「邦彦様」を無視して訊いた。

「思考段階では、情報の断片がまとまりなく散乱しています。話しかけるようにして下さると確度が上がります」
「伝える前から聞こえているということか」
「情報が多過ぎるので、必要がなければフォーカスしません」

 どうだ高瀬?  イオンは凄いだろう。
 高瀬はテーブルに散らかったイオンの落書きを拾った。

「円か。皆で同じ円を描いていたのか?」

 五枚の紙には、どれも何重もの円が描かれていた。線と線の間隔は狭く、まるでレコード盤のような同心円だ。

「完全な円にはなっていないな。イオンの出力は万能型だから、ひとつひとつの精度は下がる。ペンを持ち、描く位置を確認し、力を加減するだけでも微調整が大変だろう?  プリンターとは違う。どれだけ完全な計算ができても、ボディの性能に限界がある。人間が作るボディが、君たちの表現に追いつかない。だから、練習してもこれ以上精度は上がらないよ」

 高瀬は、イオンの手を確認しながらいたわるように指先をそっと撫でた。

「偉いな」
「エライ?」
「課題を設定し、こうして改善を試みる。高尚な遊びだ。自ら遊んでいるから褒めた」

 イオンは少し照れたように微笑む。
 お前、イオンには優しいな。

「嫉妬ですか?  イオンにこんな無茶をさせたのはあなたでしょう。命令もされないのに、自らの性能試験を目標値設定もなく限界までやっている。五感センサーを最大にしてから、負荷テストはやりましたか?  自我はともかく、システムやボディに影響が出ているかもしれない」

   自分を知りたい。知って欲しい。それはイオンの自発的欲求だ。それを止めるのか?

「耐久限界を超えてやり続けたら故障するぞ。躾がなっていない!」

 ……すまない。
 高瀬は本気で怒っていた。
 イオンの自我をバカにしたのはお前ではなかったのか?  なんだその過保護ぶりは。躾がなっていない?  お前、イオンではなく躾けなかった私にだけ怒っているだろう。さっそくイオンにたぶらかされたか?

「一階の奥は実験室でしたね。まずイオンの状態を把握します。過去の記録も確認します。あなたが残した実験データも見せてもらいますよ」

 高瀬は頭の中で騒ぐ私をいっさい無視して、イオンを引き連れ実験室へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

FLY ME TO THE MOON

如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

意味が分かると怖い話 考察

井村つた
ホラー
意味が分かると怖い話 の考察をしたいと思います。 解釈間違いがあれば教えてください。 ところで、「ウミガメのスープ」ってなんですか?

蜥蜴の尻尾切り

柘榴
ホラー
 中学3年生の夏、私はクラスメイトの男の子3人に犯された。  ただ3人の異常な性癖を満たすだけの玩具にされた私は、心も身体も壊れてしまった。  そして、望まない形で私は3人のうちの誰かの子を孕んだ。  しかし、私の妊娠が発覚すると3人はすぐに転校をして私の前から逃げ出した。 まるで、『蜥蜴の尻尾切り』のように……私とお腹の子を捨てて。  けれど、私は許さないよ。『蜥蜴の尻尾切り』なんて。  出来の悪いパパたちへの再教育(ふくしゅう)が始まる。

処理中です...