182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

77-(3)

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 高瀬は、店内をしばらく見て回ってからスタッフに客の反応を確認し、ようやく店を辞した。
 これまでも度々足を運んでいるようだから、やはりNH社の次世代主力製品はリアルアバターということか。

「人間は生きている限り肉体の制約から逃れることはできない。肉体の延命措置技術は格段に向上していますが、健康体で長生きできるとは限らない。だから、自分の肉体を持ったまま、リアルアバターに精神を繋ぐ発想が出るのは自然な流れでしょう。我々は益々長生きになりますね。ただし、元の肉体の死という期限付きだ」

 私は例外だ。他人の肉体を奪い、その身体から魂を追い出し乗っ取る。
 繰り返せば永遠を生きることが可能だろう。
 既に元の肉体はない。
 この世の規則違反。不法滞在者。
 悪霊以外の何者でもないな。

「外を歩くついでだ。面白いものを見てから帰りましょうか」

 高瀬は殺風景な繁華街を抜け、鉄道駅近くにあるホテルの前に立った。
 外観は周辺の他のビルと同じ灰色一色だ。
 サンシャイン、ホテル?
 眼鏡をかけて見ると、高級感のある落ち着いた雰囲気の洋館に様変わりした。ホテル前に宿泊プランが様々提示されている。
 リラクゼーション、ヒーリング、アロマ、瞑想……。案内コードでさらに検索すれば、系列ホテルで離島の癒しだ滝行だと際限なく出て来るようだ。

「この世の呪縛から抜け出し、精神世界に遊ぶ。ただし、仮想現実ではなく、あくまでも自身の肉体と精神を調和させるのが目的だという。究極の癒しがコンセプトらしいですよ。占いブースも当然あるようで、かなりの人気だそうです」

 ……照陽グループのホテルか。

「照陽はこの世に救済をもたらす活動を本気でやっている。神にすがるだけが救済ではない。小さな癒しと未来への指針が地道に人間を救うらしい。馬鹿げていると気にも止めなかったが、あなたの存在を知って考えを改めることにしました」

 なんだ?  幽霊やあの世を信じるか。占いや開運グッズを信じて照陽を頼るか?

「いや。人間には癒しが必要なのだと思い知りました。だが、私に照陽は必要ない。あなたがいれば事足りる」

 それは良かったな。まあ、そうだろう。高瀬にとって私は、乱暴に扱っても丈夫で長持ちの充電器だ。あれを癒しと呼ぶ感覚がわからないが、それこそ人の好きずきか。
 夕刻遅く、自宅マンションに帰るとアンドロイドのコンシェルジュが待っていた。室内には、他に二人の女性がソファに掛けている。
 看護師の沢田と、もう一人は確か病院の医師だったか。

「お待たせしてしまいましたか?  申し訳ございません」

 高瀬に言われて二人は、両手を振って恐縮した。
 往診にこの二人を是非にと指名したのは高瀬自身だ。高級マンションの自宅に招待され、コンシェルジュの運んだお茶でもてなされ、高瀬のプライベートを垣間見て、半ば仕事を忘れている様子だ。

「高瀬さん、さっそくお仕事ですか?」

   呆れる二人に、高瀬は困ったような笑顔を返した。
 患部の状態は悪くないが休養が足りていないと心配されると、しおらしく「気をつけます」と言い、さらに二人の警戒を解いていく。
 自分より年下の彼女らをねぎらていで勤務状況をさりげなく訊きながら、高瀬への面会希望や来院者など退院後も含めた周辺情報を確実に収集しているあたりが何とも物騒だ。
   普段いったいどんな闇に関わり、何を警戒しているのか。
 高瀬ご指名のこの二人によく似た雰囲気の女性と街で偶然出会う日が来ても、私は驚かないぞ。どうせお前にハニトラは効かないだろうしな。
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