182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

77-(1)

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 統括本部で出張申請など事務手続きを済ませた高瀬は、ヒミコの前と同様に感情を出さない無機質な対応で部署の職員にあれこれ指示を出すとすぐに部屋を出た。
 高瀬が現れた途端、部署全体に緊張が走ったな。
 口調は丁寧でパワハラ体質でもなさそうだが、後ろ向きな思考がにじみ出るこの物憂げな感じが鬱陶しいのだろう。まったく、職場の人間に同情を禁じ得ない。

「聞こえるように言わないでいただきたい。不快だ」

 なんだ、気にしているのか。小さい男だな。
 高瀬はそれ以上反論もなく、ビルを出て繁華街へ向かった。
 わかっている。あの部署にも照陽の信者はいる。普段から高瀬の動向は照陽に筒抜けなのだろう。
 私がいることで余計な気遣いをさせたな。すまないが、しばらくは我慢してくれ。
 こちらは聞こえないよう心の内にとどめた。
 高瀬は殺風景なビル街を歩き続けていた。繁華街だというが、看板一つなくどこまでも灰色で直線だけの景色だ。
 二十一世紀初頭の度重なる災害によって国中のインフラ再整備が必要となり、国土強靭化計画が見直されて都心部は大規模な再開発が行われていた。
 道路もビルも全てが新しいが、荒廃した印象しかない。

「ほら、店内は賑わっていますよ」

 確かに、窓越しに見える飲食店も衣料品店も華やかで若者も大勢いる。

「地下通路でどこも繋がっているから、こうして外を歩く人間は少ない。あなたは繁華街らしい方が好みか?」

 高瀬が胸ポケットから取り出した眼鏡をかけた途端、景色が一変した。
 どのビルにも店の看板が色鮮やかに並び、舗装道路やビル壁面にはポスターやら広告やら所狭しと貼られている。花壇や街路樹までが盛られていた。
 拡張現実か。

「外観はいつでもいくらでも変えられますからね。コンタクトでも身体に埋めるタイプでも、皆好きに使っていますよ」

 はあ。

「シキ、あなたは最先端のアンドロイド開発者ではないのですか?  まるで未開の地から連れてこられた田舎者だ」

 高瀬は商業ビルに入ると、いくつもテナントを覗いて回った。どこも接客アンドロイドが働いている。
 いかにも古風なロボットからリアルな人間型まで様々だ。客の方はアンドロイド店員が当たり前過ぎて、気にも止めない。
 抜き打ち視察なのか、高瀬は店員に声をかけることなく、ただアンドロイド達の状態を確認していた。
 どれだけ機械化が進もうと、現場に足を運ぶ主義か。本部長ともなると、現場が遠くなるということか。
 どうせなら、正体を隠して店員と仲良くなればよかろうに。まあ、そういう性格ではないな。
   ゲームセンターのような店舗に入った高瀬は、派手な服装の若者たちをけながら奥の一室のドアを開けた。
   美容室かリラクゼーション施設か。背もたれを倒して眠るように座る数名の客と、その奥にガラス張りの室内アスレチックルームが見えた。
   体育館のようにマットや昇降台などが置かれている中でゆっくりと歩き回っているのはアンドロイドだが、動きがあまりにもぎこちない。今の技術ならば平均台を走って渡れるし、バク宙が可能なタイプもある。

「本部長、お待ちしておりました」

   声をかけてきたのはNH社のマークが入ったスーツを着た中年女性だ。NH社の系列にはゲームセンターまであったのか。
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