182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

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 NH社本社は、都心の高層ビル一棟の上半分にある。下は母体であるマツカワ電機本社が占めているという。
 松川社長は、本当に偉大だった。
 その名も「松川ビル」に入ってすぐのフロア正面には、松川社長の銅像が建っていた。
   見る者を思わず笑顔にするユーモラスで柔和な社長のたたずまいは、マツカワ電機の精神そのままだ。
 イオンを作る機会を与えてくれたことに改めて感謝した。

「いらっしゃいませ。ああ、高瀬本部長ではありませんか。お加減はもうよろしいのですか?」

 総合受付カウンターからこちらに微笑みかける二、三十代の美女に高瀬は近づく。
「こんにちは。体調はまあまあですね。お気遣い、いたみいります。佐々木さんはいかがですか?  すっかり慣れたようにお見受けしますが」
「ええ、おかげさまで。生きがいができて本当にありがたいですね」

 受付係は、カウンターの奥に座った状態の上半身しか作られていないアンドロイドだ。動きはややぎこちないが、言葉は流暢で淀みなく、高瀬とのやりとりは自然だ。
 名札には「佐々木春香・百二歳」とある。
 百二歳?
 高瀬は穏やかな笑顔で一礼してからエレベーターへ向かった。 

「あれはアンドロイドだが、人間が遠隔操作するリアルアバターですよ。佐々木さんの視覚聴覚情報のやりとりに合わせて、アンドロイドが身体に動きをつけている。今はまだそこまでです。いずれ人間の脳と直結で身体も動かせるようになる。ああ、佐々木さんはここのビルの二階にある高齢者施設の入居者です」

 だから百二歳か。

「少子高齢化対策でアンドロイドの導入が進んだものの、それぞれの仕事にカスタマイズする手間が煩雑過ぎるので、スキルを持つ高齢者を活用してみたのです。身体部分だけ補助すれば十分働ける人材は多い。アンドロイドの外見は使用者の希望に沿って作るので、高齢者からの評判も良い。佐々木さんは三十代の頃の姿を再現しています。まだ試験中ですが、各業界から注目されています。マツカワ電機は今、福祉分野でロボット活用に力を入れています。試運転や被験者集めを兼ねて高齢者施設を自社ビルに作ったので、NH社も便乗した形ですね。大村教授が開発したイオンの技術はNH社の表部門にも貢献していますよ。驚きましたか」

 驚いた。お前がニコニコと穏やかだ。非常に物腰柔らかなイイ男に見えて驚いた。

「人生の先輩に対する礼儀ですよ」

 私には?  百六十五歳だぞ。
 それには答えず高瀬は意識を閉ざした。エレベーター正面から脇へ退くと、深々と頭を下げた。
 エレベーターから降りて来たのはヒミコと従者だった。

「高瀬さん、その後お加減はいかがですか」
「おかげさまで」

 高瀬は事務的に、感情もなく答えた。

「……あなたには良くないものが憑いていますが、ご自覚はおありで?」
「さて。私には何とも」
「お祓いがご入用でしたら、いつでもお声がけ下さいね。どうぞお大事に」

 頭を下げたままの高瀬の前を通り過ぎざま、ヒミコはわずかにこちらを向いた。

「リツは元気にしております。どうぞご安心下さい」

 それは、明確に私へのメッセージだ。
 穏やかな微笑みには悪意も敵意もない。ヒミコはただ、私がこの世に存在してはならないと判断しているだけだ。
 高瀬は無言のまま統括本部へ向かった。
 私が取り憑いていることに気づかないふりをしたな。
 私が中に居続けてもかくまったことにはならない。気づかないので追い出す必要もない。
   まだ当分は同居させてくれるということか。
 人生の先輩に対する礼儀としては上出来だ。
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