182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
157 / 199
2043ー2057 高瀬邦彦

76

しおりを挟む
 NH社本社は、都心の高層ビル一棟の上半分にある。下は母体であるマツカワ電機本社が占めているという。
 松川社長は、本当に偉大だった。
 その名も「松川ビル」に入ってすぐのフロア正面には、松川社長の銅像が建っていた。
   見る者を思わず笑顔にするユーモラスで柔和な社長のたたずまいは、マツカワ電機の精神そのままだ。
 イオンを作る機会を与えてくれたことに改めて感謝した。

「いらっしゃいませ。ああ、高瀬本部長ではありませんか。お加減はもうよろしいのですか?」

 総合受付カウンターからこちらに微笑みかける二、三十代の美女に高瀬は近づく。
「こんにちは。体調はまあまあですね。お気遣い、いたみいります。佐々木さんはいかがですか?  すっかり慣れたようにお見受けしますが」
「ええ、おかげさまで。生きがいができて本当にありがたいですね」

 受付係は、カウンターの奥に座った状態の上半身しか作られていないアンドロイドだ。動きはややぎこちないが、言葉は流暢で淀みなく、高瀬とのやりとりは自然だ。
 名札には「佐々木春香・百二歳」とある。
 百二歳?
 高瀬は穏やかな笑顔で一礼してからエレベーターへ向かった。 

「あれはアンドロイドだが、人間が遠隔操作するリアルアバターですよ。佐々木さんの視覚聴覚情報のやりとりに合わせて、アンドロイドが身体に動きをつけている。今はまだそこまでです。いずれ人間の脳と直結で身体も動かせるようになる。ああ、佐々木さんはここのビルの二階にある高齢者施設の入居者です」

 だから百二歳か。

「少子高齢化対策でアンドロイドの導入が進んだものの、それぞれの仕事にカスタマイズする手間が煩雑過ぎるので、スキルを持つ高齢者を活用してみたのです。身体部分だけ補助すれば十分働ける人材は多い。アンドロイドの外見は使用者の希望に沿って作るので、高齢者からの評判も良い。佐々木さんは三十代の頃の姿を再現しています。まだ試験中ですが、各業界から注目されています。マツカワ電機は今、福祉分野でロボット活用に力を入れています。試運転や被験者集めを兼ねて高齢者施設を自社ビルに作ったので、NH社も便乗した形ですね。大村教授が開発したイオンの技術はNH社の表部門にも貢献していますよ。驚きましたか」

 驚いた。お前がニコニコと穏やかだ。非常に物腰柔らかなイイ男に見えて驚いた。

「人生の先輩に対する礼儀ですよ」

 私には?  百六十五歳だぞ。
 それには答えず高瀬は意識を閉ざした。エレベーター正面から脇へ退くと、深々と頭を下げた。
 エレベーターから降りて来たのはヒミコと従者だった。

「高瀬さん、その後お加減はいかがですか」
「おかげさまで」

 高瀬は事務的に、感情もなく答えた。

「……あなたには良くないものが憑いていますが、ご自覚はおありで?」
「さて。私には何とも」
「お祓いがご入用でしたら、いつでもお声がけ下さいね。どうぞお大事に」

 頭を下げたままの高瀬の前を通り過ぎざま、ヒミコはわずかにこちらを向いた。

「リツは元気にしております。どうぞご安心下さい」

 それは、明確に私へのメッセージだ。
 穏やかな微笑みには悪意も敵意もない。ヒミコはただ、私がこの世に存在してはならないと判断しているだけだ。
 高瀬は無言のまま統括本部へ向かった。
 私が取り憑いていることに気づかないふりをしたな。
 私が中に居続けてもかくまったことにはならない。気づかないので追い出す必要もない。
   まだ当分は同居させてくれるということか。
 人生の先輩に対する礼儀としては上出来だ。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

[全221話完結済]彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる

野花マリオ
ホラー
ーー彼女が語る怪異談を聴いた者は咲かせたり聴かせる 登場する怪異談集 初ノ花怪異談 野花怪異談 野薔薇怪異談 鐘技怪異談 その他 架空上の石山県野花市に住む彼女は怪異談を語る事が趣味である。そんな彼女の語る怪異談は咲かせる。そしてもう1人の鐘技市に住む彼女の怪異談も聴かせる。 完結いたしました。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。 表紙イラストは生成AI

視える僕らのルームシェア

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

僕にとってのハッピーエンド

文野志暢
ホラー
僕は気がつくと知らない小学校にいた。 手にはおもちゃのナイフ。 ナイフを振っていると楽しくなる。

サイコさんの噂

長谷川
ホラー
 最近ネットで大流行している都市伝説『サイコさん』。田舎町の高校に通う宙夜(ひろや)の周囲でもその噂は拡散しつつあった。LIME、Tmitter、5ちゃんねる……あらゆる場所に出没し、質問者のいかなる問いにも答えてくれる『サイコさん』。ところが『サイコさん』の儀式を実践した人々の周囲では、次第に奇怪な出来事が起こるようになっていた。そしてその恐怖はじわじわと宙夜の日常を侵食し始める……。  アルファポリス様主催第9回ホラー小説大賞受賞作。  ※4話以降はレンタル配信です。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...