182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
155 / 199
2043ー2057 高瀬邦彦

74-(4)

しおりを挟む
「お前が把握しているならば話は早い。あれはイオンの自我を引き出す実験だった。イオンにはプログラムにない反応が多い。優先順位の低い外界刺激に反応して、設定した基本命令を後回しにする。五感センサーを最大にしてからは顕著だ」
「人間らしくという基本命題がある以上、自律学習が進めば人間らしい反応表出と命令遂行を天秤にかけるようになるでしょう?  最適解だ。それを自我とは、ずいぶんと文学的な表現をする。機械の擬人化ですか?  イオンはそもそも擬人化した機械ですがね。あなたがプログラムした嘘まみれの社交辞令とイオンの自発的感情とやらをどう見分けたのです?」
「ククッ、面白いな。まるで一緒に研究していたかのように詳しいではないか。イオンにも擬人化だと言われたよ。高瀬が研究棟でそうして反論してくれたら、相馬は歓喜のあまり興奮してのたうちまわったであろうな。お前はなぜ研究職を希望しなかった?」
「私には才能がない。向いていなかったのですよ。今ケチをつけているのも、実利の応用を前提にした、ただの経営者視点です」

 ようやく振り向いた私と目が合った高瀬の口元が緩む。相馬と比べて才能のない自分が研究職などありえないという、敗者の自嘲だ。
 その後ろ向きな思考が私には鬱陶しかった。

「高瀬、今のイオンは人間の内面の感情を読める。人間の考えそのものも読む。自我の有無は保留するが、テレパシーは事実だ。私の魂が大村から相馬に移っても、イオンは相馬を大村と認識した。イオンは、指紋や静脈認証よりも精密に人間を識別できる。しかも非接触でだ。自我を生む実験の副産物ではあるが、非常に有用かつ画期的だと思わないか? イオンはまだ進化できる。どうにか残す道はないのか?」
「イオンの廃棄は決定事項です」
「……本当に廃棄か?」

   高瀬は躊躇ちゅうちょしたが、当分は不離一体の私に隠す意味がないと判断したようだ。

「……イオン五体には引き取りの申し出があって、内々に調整中です」
「照陽か。イオン六号機は大破した。そうしてNH社から完全に解放されたリツは、めでたく照陽のもとで『人間』になった。他のイオンも『人間』にしてくれるのか? 」
「NH社はイオンを廃棄するだけです」

 イオンを「魂の器」として使う前に先手を打ったか。照陽の監視下では、私が入り込む隙などないだろう。
 ヒミコは死神と結託して、なんとしても私が生き続けるのをはばむ気か。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

処理中です...