182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

74-(3)

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「とりあえず、相馬が最後にやっていた実験をまとめて提出しなければなりません」

 私の背を指で触れてから、高瀬はつまらなそうに言った。
 ひとしきりの波が引いた高瀬は床に転がったまま、自分がつけた名残りを確かめている。全て吐き出したせいか、空虚で投げやりだ。話し方も事務的な仕事口調で他人行儀になっている。
   明らかに私を避けている。だが、高瀬の意識の中に居座る私を避けようがない。苦肉の策の心理的距離が、この仕事モードか。
   高瀬は自分でもやり過ぎたと思っているようだ。事実、私は瀕死に近い。
   好き放題してスッキリしたなら開き直ってくれた方がやられ甲斐があるというものだ。私は満足したぞ。どうせ言ったら下品だ下劣だとののしるだろうが。
   気まずさを威圧的な空気で隠しているのがわかり過ぎて痛々しい。
   高瀬の心情を無視して、真面目に仕事の話につきあうことにした。
   高瀬に向き直る力もないので、伏したまま独り言のようにようやく返事をする。

「……私だ。最後の実験は相馬が勝手に始めてしまったが、計画したのは私だ。ああ、私も相馬か。ややこしいな……」
「あなたが?」
「前から……大村だった時から計画していたが、結果に責任を持つ自信がなくて躊躇ちゅうちょした。それを相馬は勝手に始めてしまったのだ。大村の死の直前のことだ。実行に気づいたのは、私が相馬になってからだ」
「本部に申請書は上げていませんね?」
「イオンに自我を持たせるなど言えるかっ」
「……『意思疎通能力向上について』の計画と『外界からの刺激にイオン自身が直接反応するシステム』提案を隠れ蓑にして、核心は機械の自我の育成ですか。バカは相馬だけかと思っていましたよ。全てあなたの計画でしたか」

 高瀬は呆れたように笑った。わずかにまた、卑屈な敗北感が漂っている。

「不可解な提案でしたね。イオンの反応は人工知能の計算結果でしかない。イオンと搭載人工知能はイコールだ。イオン自身が直接反応するのは当たり前だというのに、ことさら五感センサーからの入力情報処理だけ分ける意味がわからない。最も解せなかったのは、相馬がイオンの有用性を主張していたことです。あれは自分が楽しく遊ぶことしか考えない人間だ。イオン技術の軍事利用提唱とも取れる企画など出してくるはずがない。やっと腑に落ちましたよ」
「……統括本部長とは、社内の研究全てに企画提案まで漏らさず目を通すものなのか?」
「膨大過ぎてそこまではしていませんよ」
「やっているではないか。ああ、相馬の研究だからか」

 高瀬が何か言おうとするのを私は無視した。今さら恥ずかしがるな。
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