182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
137 / 197
2039ー2043 相馬智律

68-(3)

しおりを挟む
「リツは今日でお別れですか?」

 ホールにいたイオンが集まって来た。リツの表情が少し柔らかくなった。

「ああ、そうなんです。シキ、僕は明日ここを出るそうです」
「明日……」

 明日か。

「リツ、明日私も職員寮を引き払うことになっているのだ。一緒に来てくれないか?」
「僕が行って構わないなら、喜んでお供しますけど……」

 リツと他のイオンたちは戸惑うように私を見ていた。何やら異変を察知したか。

「先生?  明日、お別れですか?」

 二号が遠慮がちに訊いた。

「私は明日、職員寮に行く予定しか入っていないよ」

 イオンは確実に感情や思考を読み取れるようになってきている。勘の良さは気遣いに繋がるが、時と場合によっては知らないふりをしてもらわなければ人間に嫌われるな。
 また嘘をつくことを教えるのか。難儀だ。
 そう考えて可笑おかしくなった。私はまだこのまま未来が続くつもりでいる。

「先生、イオンに入って下さい。イオンとヒトツになれば先生はずっと存在できます」
「先生の魂がひとつでも、イオン全てとヒトツになります」
「リツも、イオン全てとヒトツです」
「シキがイオンの誰かに入ったら、僕とシキとイオンがヒトツになるの?」
「全てヒトツです」

 リツの問いに答えてイオンたちは楽しそうに笑った。どうやら「ヒトツ」が気に入ったらしい。ヒトツが共鳴している。
 イオンたちの言うとおり、今ならイオンを「魂の器」として使えるはずだ。
 アンドロイドの身体に人間の魂を入れる先駆者となったリツに、不具合はない。情報共有システムで間接的にリツの魂と繋がっている他のイオンたちにも支障はない。
 イオンとして永遠を生きる……か。
 とうとう私は、その現実を手にできるところまで来たのだ。
 だが、イオンに入れば相馬の肉体を捨てることになる。

「……ダメだ」
「ヒトツはだめですか?」
「あ、いや、そうではない。すまない」

 私はまたイオンたちの柔らかな波を消してしまったな。
 相馬の肉体を捨てる。きっと相馬はあっさりと許すだろう。だが、この肉体はまだ十分に生きられる。それを捨てて機械に入るのは本末転倒ではないか。
   それに、高瀬が笠原の論文を読んでいる。内容は、死神が魂の移殖についての理論や方法を書いたものだ。
   今ここで私がイオンに移って相馬が死ねば、魂の移殖を信じなくともその可能性は頭をよぎるだろう。イオン五体は即座に拘束されるに違いない。
 そして照陽、ヒミコだ。彼女やその周辺の人間に私の魂が視えるとしたら、イオンだろうが誰の身体だろうが、どこへ逃げようとも隠れることは不可能だ。
 死神は確実に私の退路を断った。私に新たな肉体を持たせないつもりだ。
 手詰まり。このまま暗殺を待つのか。
 これもどこかで見た光景だ。

「イオン、残念ながら私は今はまだヒトツになることはできない。だが、もしこの先私が魂だけになってしまったら、必ず君たちのもとへ行く。それまで待っていてくれるかい?」
「もちろんです」

 イオンたちは嬉しそうだった。ヒトツが嬉しいのか、プログラムされた自動的な笑顔なのか、私にもわからない。

「私たちは先生が魂だけになる日を楽しみにしております」
「……あまり適切な表現ではないな」
「未来の予定を待つのは『楽しみ』と言うのではありませんか?」
「だいたいはそうだな」

 そうだ。私にはまだ未来の予定が残っている。諦めるな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Dark Night Princess

べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ 突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか 現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語 ホラー大賞エントリー作品です

異世界に憧れた少年の末路がこちらである

焼き芋さん
ホラー
異世界転生あるいは、異世界召喚に憧れる高校生、碇海人は退屈な日常を過ごしていた。 日々妄想をするだけだったのだが、ある日、思わぬ形で彼の夢は叶ってしまう。 叶ったのは異世界召喚、海人と友達の健二は、この残酷で、恐ろしい、異質な世界を探検する事にした。 彼らを待ち構えているものは果たして希望なのか、それとも絶望なのだろうか。

削除者 - Deleter -

雪野鈴竜(ユキノリンリュウ)
ホラー
自殺者達は死後、自ら死を選んだ罪で“千年間”死んだ時と同じ方法で死を繰り返さなければならない。自殺者達は終わりの見えない痛みと苦しみに耐えきれず、時に暴走する。天界に住む天使達の中には“削除者”という職業が存在し、この者達がそんな暴走した自殺者達の魂を管理する。

俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク
ホラー
俺は人間が嫌いだ  そんな青年がいた 人の認識で成り立つこの世界  人の認識の歪みにより生まれる怪異 そんな青年はある日その歪みに呑まれ  取り殺されそうになる。 だが怪異に対抗する少女に救われる。  彼女は旋律士 時雨  彼女は美しく、青年は心が一瞬で奪われてしまった。  人嫌いの青年が築き上げていた心の防壁など一瞬で崩れ去った。  でも青年はイケメンでも才能溢れる天才でも無い。  青年など彼女にとってモブに過ぎない。  だから青年は決意した。  いい人を演じるのを辞めて  彼女と一緒にいる為に『嫌な奴』になると。

さや荘へようこそ!(あなたの罪は何?)

なかじまあゆこ
ホラー
森口さやがオーナーのさや荘へようこそ!さや荘に住むと恐怖のどん底に突き落とされるかもしれない! 森口さやは微笑みを浮かべた。 上下黒色のスカートスーツに身を包みそして、真っ白なエプロンをつけた。 それからトレードマークの赤リップをたっぷり唇に塗ることも忘れない。うふふ、美しい森口さやの完成だ。 さやカフェで美味しいコーヒーや紅茶にそれからパンケーキなどを準備してお待ちしていますよ。 さやカフェに来店したお客様はさや荘に住みたくなる。だがさや荘では恐怖が待っているかもしれないのだ。さや荘に入居する者達に恐怖の影が忍び寄る。 一章から繋がってる主人公が変わる連作ですが最後で結末が分かる内容になっています。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹
ホラー
 令和5年夏、日本では三都県をまたぐ女子高生連続殺人事件が起こり、世間を賑わせていた。そしてついに四件目が発生し、その現場となったH県の禍津町には大規模な捜査本部が設けられ、K市所轄強行犯係の刑事たちは警察庁刑事部捜査一課から派遣された捜査員たちと合同で捜査に当たることとなる。K署で巡査部長に昇進したばかりの弓削史子は特に鼻息が荒く、この捜査で手柄を上げてさらなる出世を目論んでいた。  そして捜査が進む中、禍津町の高台に建つメゾン・ド・ノワールというシェアハウスに住む住人が事件に関わっていることが判明していく。ノワールの住人の中に連続殺人の犯人がいるのか?  一方、禍津町では人々の目から流血するという症状が多発し、その症状が出た者は凶暴化し、さらなる事件を引き起こしていく。この症状は伝染病なのか?それとも何か別の原因があるのか?  やがて刑事たちは日本を震撼させる驚愕の事実に突き当たっていく…… ※本作はフィクションであり、本作に登場する出来事、団体、個人は実在のものとは一切関係ありません。また一部、実際に起こった事件を連想させる描写もありますが、独自調べの上に創作を重ねておりますので、そこも含めてフィクションと見ていただければと思います。

冀望島

クランキー
ホラー
この世の楽園とされるものの、良い噂と悪い噂が混在する正体不明の島「冀望島(きぼうじま)」。 そんな奇異な存在に興味を持った新人記者が、冀望島の正体を探るために潜入取材を試みるが・・・。

処理中です...