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2043ー2057 高瀬邦彦
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ガシャッ、ガシャッ……
高瀬が鎖を外していた。
「おい、触れたら危ないと」
「あなたは嘘つきだ。ここは私の意識の中だ。この空間全体が私でしょう? 触れて混ざるならとっくに同化している」
「……賢いな」
「賢くなどありませんよ。私の意識があなたを縛ったであろうに、自分で作った鎖を外すのに難儀している」
私を本気で解放しようとしているのか。
「高瀬さん、視覚情報に捉われ過ぎだ。あなたの意識の産物なら、ほら、目を閉じて思えば一瞬で消せるはずだ。鎖ははじめからなかった、と。あ……」
鎖は一瞬で消えた。高瀬は単純だ。いや、素直だな。
跪いた高瀬は、上着を脱いで私に着せた。
「あなたは私の意識の管轄外だ。服は自分でなんとかしろ」
そっと私の頬を撫でる指が優しい。混ざらない確認か。
かなり警戒している。これなら、私の情報が流れ込む隙はないだろう。
「シキ、私は賢くなどない。本当に賢い人間というのは……相馬だ。相馬以上に優秀なやつを私は知らない」
謙遜ではない。高瀬は事実として相馬に勝てないと言っている。
悔しさを越えて、惨めなほどの敗北感が滲んでいた。
これが、自信に満ちて他人を圧倒しているように見えた高瀬の本性か。相馬へのこだわりの理由か。
高瀬は私の視線に気づき、憔悴を隠した。私に向けた怒りは静かな微笑みで堰き止めた。その何千、何万倍の激情はどこへ向かうのか。
「高瀬さんは、暗殺される相馬を助けるつもりでしたか?」
敢えて訊いた。高瀬は、はっきりと動揺した。
相馬が消されるのは決定事項だったろう。隣国からの圧力か照陽グループの意向なのかはわからない。
隣国の国家元首が人格移殖したアンドロイドになっている。その国家機密を知った相馬の暗殺を高瀬は黙認したはずだ。林で銃殺されることも承知だったろう。
高瀬は反射的に車から飛び出したのか? 自分も撃たれる可能性を考えなかったのか? 実際に、あのタイミングで出てきたお前は相馬の盾になる覚悟があったのか。
高瀬は答えられない。
甘いな。
わかっている。お前は本当は相馬を助けたかった。死なせたくなかった。だが、相馬を見殺しにするどころか、そこに加担し、自分がいかに無力であるかを思い知った。
自責の念が、休むことを許さない。傷が快復することさえ許せない。
その大切な相馬が知らぬ間に別人にすり替わっていた。その衝撃にお前は耐えている。
相馬を奪った私を前にしても、お前は怒りや恨みを呑み込もうとする。そうして自分だけを責め続けるのか? 内から腐るつもりか?
「……他人を助けたかったら、まずは自分の身を守れ」
目が合ったのは一瞬だった。
「あなたには言われたくない!」
高瀬の心が激流となって押し寄せる。
私の髪と手首を掴んだ高瀬は、床に叩きつけるように私を押し倒した。
手首を掴んだまま何度も何度も自らの手の甲を床に打ちつけ、髪を離した手で私の胸に爪を立て、高瀬は溢れ出る感情を涙ではなく暴力によって解放した。
高瀬が鎖を外していた。
「おい、触れたら危ないと」
「あなたは嘘つきだ。ここは私の意識の中だ。この空間全体が私でしょう? 触れて混ざるならとっくに同化している」
「……賢いな」
「賢くなどありませんよ。私の意識があなたを縛ったであろうに、自分で作った鎖を外すのに難儀している」
私を本気で解放しようとしているのか。
「高瀬さん、視覚情報に捉われ過ぎだ。あなたの意識の産物なら、ほら、目を閉じて思えば一瞬で消せるはずだ。鎖ははじめからなかった、と。あ……」
鎖は一瞬で消えた。高瀬は単純だ。いや、素直だな。
跪いた高瀬は、上着を脱いで私に着せた。
「あなたは私の意識の管轄外だ。服は自分でなんとかしろ」
そっと私の頬を撫でる指が優しい。混ざらない確認か。
かなり警戒している。これなら、私の情報が流れ込む隙はないだろう。
「シキ、私は賢くなどない。本当に賢い人間というのは……相馬だ。相馬以上に優秀なやつを私は知らない」
謙遜ではない。高瀬は事実として相馬に勝てないと言っている。
悔しさを越えて、惨めなほどの敗北感が滲んでいた。
これが、自信に満ちて他人を圧倒しているように見えた高瀬の本性か。相馬へのこだわりの理由か。
高瀬は私の視線に気づき、憔悴を隠した。私に向けた怒りは静かな微笑みで堰き止めた。その何千、何万倍の激情はどこへ向かうのか。
「高瀬さんは、暗殺される相馬を助けるつもりでしたか?」
敢えて訊いた。高瀬は、はっきりと動揺した。
相馬が消されるのは決定事項だったろう。隣国からの圧力か照陽グループの意向なのかはわからない。
隣国の国家元首が人格移殖したアンドロイドになっている。その国家機密を知った相馬の暗殺を高瀬は黙認したはずだ。林で銃殺されることも承知だったろう。
高瀬は反射的に車から飛び出したのか? 自分も撃たれる可能性を考えなかったのか? 実際に、あのタイミングで出てきたお前は相馬の盾になる覚悟があったのか。
高瀬は答えられない。
甘いな。
わかっている。お前は本当は相馬を助けたかった。死なせたくなかった。だが、相馬を見殺しにするどころか、そこに加担し、自分がいかに無力であるかを思い知った。
自責の念が、休むことを許さない。傷が快復することさえ許せない。
その大切な相馬が知らぬ間に別人にすり替わっていた。その衝撃にお前は耐えている。
相馬を奪った私を前にしても、お前は怒りや恨みを呑み込もうとする。そうして自分だけを責め続けるのか? 内から腐るつもりか?
「……他人を助けたかったら、まずは自分の身を守れ」
目が合ったのは一瞬だった。
「あなたには言われたくない!」
高瀬の心が激流となって押し寄せる。
私の髪と手首を掴んだ高瀬は、床に叩きつけるように私を押し倒した。
手首を掴んだまま何度も何度も自らの手の甲を床に打ちつけ、髪を離した手で私の胸に爪を立て、高瀬は溢れ出る感情を涙ではなく暴力によって解放した。
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