149 / 199
2043ー2057 高瀬邦彦
72-(2)
しおりを挟む
「高瀬さん、私はあなたの身体を乗っ取るつもりはない。やるなら既にあなたの魂を追い出している。しばらく居候させて下さい。イオンに入るまでの間でいいのです。イオンは、私の『魂の器』なのです」
「魂の器……。不死を叶えるために相馬を犠牲にしたのか。大村教授は狂人であったか!」
高瀬が肩を震わせている。その怒りが私に向いている。
そうだ。私は罪人だ。
申し開きのできない罪を重ね、なおも生き続けようとする私を誰も責めなかった。高瀬、お前は私を断罪してくれるのか。
「大村の名誉のために言っておきます。私は大村の肉体も奪って生きてきた。私はもっと古く昔から、他人の肉体を転々として生き続けた魂だ。大村修一に罪はない」
「何を開き直っている? あなたがやったことに変わりはなかろう。呼び名が違うというなら、はっきり言ってやる。シキ、あなたは決して赦されることのない罪人だ。亡霊に乗っ取られるなど誰も信じないだろうが、それでも私はあなたを赦さない」
それでいい。赦す必要はないのだ。
「……あなたは、正しい人だ」
私は許されない。生き続けようとする限り、謝ることは許されない。
「他人の肉体を奪えるその罪人は、今あなたの中にいるのですよ、高瀬さん。とにかく居候を認めて下さいませんか?」
我ながら狡猾だな。自嘲の笑顔に高瀬は不敵な笑みを返してきた。
「仕方ありませんね。私に選択肢がない。ルームシェアするなら、それなりに身辺調査はしますよ?」
「お好きにどうぞ。そうでなければ、私は不審者としてこのまま裸で緊縛放置されるのでしょう?」
不快と軽蔑の交じった視線が私を刺す。そうだ、高瀬は紳士だったな。
高瀬が近づいて私に手を伸ばしてきた。鎖を外そうというのか?
「触れるな!」
思わず高瀬の手を止めた。
私の叫びを怯えと捉えたのか、高瀬は自分の優位を誇示し始めた。
「身辺調査を許可したのはあなたですよ? 何を怖れる。あなたは不審者ではないのでしょう? だから鎖を外して差し上げますよ」
嫌な笑い方だ。鎖を取ってその後どうするつもりだ?
「おい、私に触れるなよ? どうしても裸に剥いて触りたいならば止めないが、魂が直接触れ合ったら、お前に私が混ざって二度と戻れなくなるぞ」
高瀬がわずかに退く。
ククッ、信じたのか? 安心しろ、混ざりはしない。だが、互いの情報が筒抜けになるのは確かだ。不用意に触れれば相手の人生全てが流れ込んでくる。お前にいきなり百六十五年は耐えられないだろう?
大村の死の直後、相馬は望んで私の全てを受け入れた。私の魂が相馬の身体に移り、相馬を追い出すまでのわずかな間に、私たちの魂は直接触れ合いひとつになった。
肉体とは異なる時間の流れは永遠のようでもあり、互いの存在を充分に知り尽くすまで長く深く交歓した。存在の輪郭、互いの境界と果てを知った時、永遠はそこで終わった。
だからといって、相馬の考えがわかるようになったとは思わない。存在を知るのと考えがわかるのとは別だ。脳を解剖しても、たとえ魂が解剖できても、その中から他人の思いを掴み出すことなど到底できはしないのだ。
「魂の器……。不死を叶えるために相馬を犠牲にしたのか。大村教授は狂人であったか!」
高瀬が肩を震わせている。その怒りが私に向いている。
そうだ。私は罪人だ。
申し開きのできない罪を重ね、なおも生き続けようとする私を誰も責めなかった。高瀬、お前は私を断罪してくれるのか。
「大村の名誉のために言っておきます。私は大村の肉体も奪って生きてきた。私はもっと古く昔から、他人の肉体を転々として生き続けた魂だ。大村修一に罪はない」
「何を開き直っている? あなたがやったことに変わりはなかろう。呼び名が違うというなら、はっきり言ってやる。シキ、あなたは決して赦されることのない罪人だ。亡霊に乗っ取られるなど誰も信じないだろうが、それでも私はあなたを赦さない」
それでいい。赦す必要はないのだ。
「……あなたは、正しい人だ」
私は許されない。生き続けようとする限り、謝ることは許されない。
「他人の肉体を奪えるその罪人は、今あなたの中にいるのですよ、高瀬さん。とにかく居候を認めて下さいませんか?」
我ながら狡猾だな。自嘲の笑顔に高瀬は不敵な笑みを返してきた。
「仕方ありませんね。私に選択肢がない。ルームシェアするなら、それなりに身辺調査はしますよ?」
「お好きにどうぞ。そうでなければ、私は不審者としてこのまま裸で緊縛放置されるのでしょう?」
不快と軽蔑の交じった視線が私を刺す。そうだ、高瀬は紳士だったな。
高瀬が近づいて私に手を伸ばしてきた。鎖を外そうというのか?
「触れるな!」
思わず高瀬の手を止めた。
私の叫びを怯えと捉えたのか、高瀬は自分の優位を誇示し始めた。
「身辺調査を許可したのはあなたですよ? 何を怖れる。あなたは不審者ではないのでしょう? だから鎖を外して差し上げますよ」
嫌な笑い方だ。鎖を取ってその後どうするつもりだ?
「おい、私に触れるなよ? どうしても裸に剥いて触りたいならば止めないが、魂が直接触れ合ったら、お前に私が混ざって二度と戻れなくなるぞ」
高瀬がわずかに退く。
ククッ、信じたのか? 安心しろ、混ざりはしない。だが、互いの情報が筒抜けになるのは確かだ。不用意に触れれば相手の人生全てが流れ込んでくる。お前にいきなり百六十五年は耐えられないだろう?
大村の死の直後、相馬は望んで私の全てを受け入れた。私の魂が相馬の身体に移り、相馬を追い出すまでのわずかな間に、私たちの魂は直接触れ合いひとつになった。
肉体とは異なる時間の流れは永遠のようでもあり、互いの存在を充分に知り尽くすまで長く深く交歓した。存在の輪郭、互いの境界と果てを知った時、永遠はそこで終わった。
だからといって、相馬の考えがわかるようになったとは思わない。存在を知るのと考えがわかるのとは別だ。脳を解剖しても、たとえ魂が解剖できても、その中から他人の思いを掴み出すことなど到底できはしないのだ。
1
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
バベル病院の怪
中岡 始
ホラー
地方都市の市街地に、70年前に建設された円柱形の奇妙な廃病院がある。かつては最先端のモダンなデザインとして話題になったが、今では心霊スポットとして知られ、地元の若者が肝試しに訪れる場所となっていた。
大学生の 森川悠斗 は都市伝説をテーマにした卒業研究のため、この病院の調査を始める。そして、彼はX(旧Twitter)アカウント @babel_report を開設し、廃病院での探索をリアルタイムで投稿しながらフォロワーと情報を共有していった。
最初は何の変哲もない探索だったが、次第に不審な現象が彼の投稿に現れ始める。「背景に知らない人が写っている」「投稿の時間が巻き戻っている」「彼が知らないはずの情報を、誰かが先に投稿している」。フォロワーたちは不安を募らせるが、悠斗本人は気づかない。
そして、ある日を境に @babel_report の投稿が途絶える。
その後、彼のフォロワーの元に、不気味なメッセージが届き始める——
「次は、君の番だよ」

THE TOUCH/ザ・タッチ -呪触-
ジャストコーズ/小林正典
ホラー
※アルファポリス「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」サバイバルホラー賞受賞。群馬県の山中で起こった惨殺事件。それから六十年の時が経ち、夏休みを楽しもうと、山にあるログハウスへと泊まりに来た六人の大学生たち。一方、爽やかな自然に場違いなヤクザの三人組も、死体を埋める仕事のため、同所へ訪れていた。大学生が謎の老人と遭遇したことで事態は一変し、不可解な死の連鎖が起こっていく。生死を賭けた呪いの鬼ごっこが、今始まった……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる