182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

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「では高瀬さん、また明日」

 三人の男がやっと病室を後にした。
 高瀬が入院して数日が過ぎた。手術後すぐから連日のようにNH社本部の職員がやって来て、事情聴取を繰り返す。他にも取引関係の打ち合わせやら連絡やらと、昼夜問わず人が出入りしている。
 オンラインやメールではなく、直接会わねばならない要件ばかりだな。
 高瀬は初期イオンと同じで身体中チューブの配線だらけだというのに、上半身を起こして平然と対応し続けていた。
 この痛みと倦怠感はお前も私も同じであろうに。来客の退室時に深々と頭を下げるたび、身体中に激痛が走るではないか。
 病室がVIP待遇である理由がようやくわかった。これは高瀬本人ではなく、高瀬が話す情報や仕事のためにとられた措置なのだ。
 私は自分の職場環境がいかに気楽で恵まれていたかを今になって思い知った。
 それにしても、NH社は相当に照陽グループを怖れているらしい。今しがたの話では、ヒミコの機嫌まで気にしていた。
 あの時高瀬は気を失っていてヒミコを見ていないはずだが、彼女が苛立つ様子をなぜ知っていた?

「失礼します。お見舞いの方からお預かりした花をお持ちしました」

 明るい声とともにドアが開いて、色とりどりの花を抱えた看護師が入って来た。既に花瓶に生けてあり、窓際に丁寧に置く。
 ちらりとこちらを見た若い看護師は、恥ずかしそうに目を逸らした。
 ああ、こいつは女にモテるな。
 渋い男前が、やつれながらも毅然とベッドに上半身を起こしている。無駄に色気まであるようで、病室に来る医療スタッフは皆、何やら落ち着かなくなる。

「ああ、ありがとうございます。ですが、もし差し支えなければナースステーションに飾っていただけませんか?」
「え、でもせっかく綺麗な……」
「まだ、花を見て和む気分にはなれないのですよ。せっかく綺麗な花ですから、むしろ皆さんのそばに置いていただきたい。できれば沢田さんお一人に差し上げたいが、そうもいかないでしょう?」
「あ……ありがとうございます……」

 高瀬の一瞬の笑顔がとどめを刺したのか、何度もお辞儀をした看護師は花を抱えてふらふらと出て行った。
 ああ、これでお前の協力者が出来上がりだな。ネームホルダーをつけていても看護師をわざわざ名前呼びするか?
 私を下品だとののしっておいて、お前も相当ではないか。
 溜息をいくらついても状況は変わらない。まずは高瀬の体調が快復しなければ動きようがない。
 高瀬の身体を完全に乗っ取るのであればこの入院期間は魂を肉体に馴染ませ繋げるのに丁度良いが、今の私はここから早く出たかった。
 当面は高瀬が知るNH社や照陽についての情報収集期間だと自分に言い聞かせる。

 ジー……ジジー……

 また、嫌な音が聞こえる。
 高瀬から微弱なノイズが聞こえることに気づいたのは、魂が身体に寄生してすぐだった。
 医療用モニターに繋がれている現状でははっきりとしないが、身体内部から不快な機械音がわずかに響いている気がする。
 イオンに入っても、きっとここまでの音はしない。何の音だ?
 高瀬も謎が多い男だ。
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