182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
143 / 197
2043ー2057 高瀬邦彦

71

しおりを挟む
「では高瀬さん、また明日」

 三人の男がやっと病室を後にした。
 高瀬が入院して数日が過ぎた。手術後すぐから連日のようにNH社本部の職員がやって来て、事情聴取を繰り返す。他にも取引関係の打ち合わせやら連絡やらと、昼夜問わず人が出入りしている。
 オンラインやメールではなく、直接会わねばならない要件ばかりだな。
 高瀬は初期イオンと同じで身体中チューブの配線だらけだというのに、上半身を起こして平然と対応し続けていた。
 この痛みと倦怠感はお前も私も同じであろうに。来客の退室時に深々と頭を下げるたび、身体中に激痛が走るではないか。
 病室がVIP待遇である理由がようやくわかった。これは高瀬本人ではなく、高瀬が話す情報や仕事のためにとられた措置なのだ。
 私は自分の職場環境がいかに気楽で恵まれていたかを今になって思い知った。
 それにしても、NH社は相当に照陽グループを怖れているらしい。今しがたの話では、ヒミコの機嫌まで気にしていた。
 あの時高瀬は気を失っていてヒミコを見ていないはずだが、彼女が苛立つ様子をなぜ知っていた?

「失礼します。お見舞いの方からお預かりした花をお持ちしました」

 明るい声とともにドアが開いて、色とりどりの花を抱えた看護師が入って来た。既に花瓶に生けてあり、窓際に丁寧に置く。
 ちらりとこちらを見た若い看護師は、恥ずかしそうに目を逸らした。
 ああ、こいつは女にモテるな。
 渋い男前が、やつれながらも毅然とベッドに上半身を起こしている。無駄に色気まであるようで、病室に来る医療スタッフは皆、何やら落ち着かなくなる。

「ああ、ありがとうございます。ですが、もし差し支えなければナースステーションに飾っていただけませんか?」
「え、でもせっかく綺麗な……」
「まだ、花を見て和む気分にはなれないのですよ。せっかく綺麗な花ですから、むしろ皆さんのそばに置いていただきたい。できれば沢田さんお一人に差し上げたいが、そうもいかないでしょう?」
「あ……ありがとうございます……」

 高瀬の一瞬の笑顔がとどめを刺したのか、何度もお辞儀をした看護師は花を抱えてふらふらと出て行った。
 ああ、これでお前の協力者が出来上がりだな。ネームホルダーをつけていても看護師をわざわざ名前呼びするか?
 私を下品だとののしっておいて、お前も相当ではないか。
 溜息をいくらついても状況は変わらない。まずは高瀬の体調が快復しなければ動きようがない。
 高瀬の身体を完全に乗っ取るのであればこの入院期間は魂を肉体に馴染ませ繋げるのに丁度良いが、今の私はここから早く出たかった。
 当面は高瀬が知るNH社や照陽についての情報収集期間だと自分に言い聞かせる。

 ジー……ジジー……

 また、嫌な音が聞こえる。
 高瀬から微弱なノイズが聞こえることに気づいたのは、魂が身体に寄生してすぐだった。
 医療用モニターに繋がれている現状でははっきりとしないが、身体内部から不快な機械音がわずかに響いている気がする。
 イオンに入っても、きっとここまでの音はしない。何の音だ?
 高瀬も謎が多い男だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

かぐや

山碕田鶴
児童書・童話
山あいの小さな村に住む老夫婦の坂木さん。タケノコ掘りに行った竹林で、光り輝く筒に入った赤ちゃんを拾いました。 現代版「竹取物語」です。

解釈的不正義

山碕田鶴
現代文学
詩 です。 淡々と不定期更新。

宇宙人は恋をする!

山碕田鶴
児童書・童話
私が呼んでいると勘違いして現れて、部屋でアイスを食べている宇宙人・銀太郎(仮名)。 全身銀色でツルツルなのがキモチワルイ。どうせなら、大大大好きなアイドルの滝川蓮君そっくりだったら良かったのに。……え? 変身できるの? 中学一年生・川上葵とナゾの宇宙人との、家族ぐるみのおつきあい。これは、国家機密です⁉ (表紙絵:山碕田鶴/人物色塗りして下さった「ごんざぶろう」様に感謝)

カゲロウノヨウニ 降リ積ムハ、

山碕田鶴
絵本
「かげろうのように降り積むは」(詩/「解釈的不正義」)の絵本版です。

境界のクオリア

山碕田鶴
ライト文芸
遠く離れていても互いに引き合う星々のように、僕にはいつか出会わなければいけない運命の相手がいる──。 広瀬晴久が生きるために信じた「星の友情」。 母に存在を否定されて育ち、他人と関わることへの恐怖と渇望に葛藤しながら介護施設で働く晴久。駅前で出会った男と勢いでオトモダチになり、互いに名前も素性も明かさない距離感の気安さから偶然の逢瀬を重ねる。二人の遠さは、晴久の理想のはずだった……。 男の存在が晴久の心を揺らし、静かに過去を溶かし、やがて明日を変えていく。 ※ネグレクトの直接描写は極力排除しておりますが、ご心配や苦手な方は、先に「5-晴久」を少し覗いてご判断下さい。

日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。

トゲトゲ

山碕田鶴
絵本
トゲトゲ したものを挙げてみました。

くらげ ゆるゆら

山碕田鶴
絵本
水族館で働く くらげ のアフターファイブです。

処理中です...