147 / 199
2043ー2057 高瀬邦彦
71
しおりを挟む
「では高瀬さん、また明日」
三人の男がやっと病室を後にした。
高瀬が入院して数日が過ぎた。手術後すぐから連日のようにNH社本部の職員がやって来て、事情聴取を繰り返す。他にも取引関係の打ち合わせやら連絡やらと、昼夜問わず人が出入りしている。
オンラインやメールではなく、直接会わねばならない要件ばかりだな。
高瀬は初期イオンと同じで身体中チューブの配線だらけだというのに、上半身を起こして平然と対応し続けていた。
この痛みと倦怠感はお前も私も同じであろうに。来客の退室時に深々と頭を下げるたび、身体中に激痛が走るではないか。
病室がVIP待遇である理由がようやくわかった。これは高瀬本人ではなく、高瀬が話す情報や仕事のためにとられた措置なのだ。
私は自分の職場環境がいかに気楽で恵まれていたかを今になって思い知った。
それにしても、NH社は相当に照陽グループを怖れているらしい。今しがたの話では、ヒミコの機嫌まで気にしていた。
あの時高瀬は気を失っていてヒミコを見ていないはずだが、彼女が苛立つ様子をなぜ知っていた?
「失礼します。お見舞いの方からお預かりした花をお持ちしました」
明るい声とともにドアが開いて、色とりどりの花を抱えた看護師が入って来た。既に花瓶に生けてあり、窓際に丁寧に置く。
ちらりとこちらを見た若い看護師は、恥ずかしそうに目を逸らした。
ああ、こいつは女にモテるな。
渋い男前が、やつれながらも毅然とベッドに上半身を起こしている。無駄に色気まであるようで、病室に来る医療スタッフは皆、何やら落ち着かなくなる。
「ああ、ありがとうございます。ですが、もし差し支えなければナースステーションに飾っていただけませんか?」
「え、でもせっかく綺麗な……」
「まだ、花を見て和む気分にはなれないのですよ。せっかく綺麗な花ですから、むしろ皆さんのそばに置いていただきたい。できれば沢田さんお一人に差し上げたいが、そうもいかないでしょう?」
「あ……ありがとうございます……」
高瀬の一瞬の笑顔がとどめを刺したのか、何度もお辞儀をした看護師は花を抱えてふらふらと出て行った。
ああ、これでお前の協力者が出来上がりだな。ネームホルダーをつけていても看護師をわざわざ名前呼びするか?
私を下品だと罵っておいて、お前も相当ではないか。
溜息をいくらついても状況は変わらない。まずは高瀬の体調が快復しなければ動きようがない。
高瀬の身体を完全に乗っ取るのであればこの入院期間は魂を肉体に馴染ませ繋げるのに丁度良いが、今の私はここから早く出たかった。
当面は高瀬が知るNH社や照陽についての情報収集期間だと自分に言い聞かせる。
ジー……ジジー……
また、嫌な音が聞こえる。
高瀬から微弱なノイズが聞こえることに気づいたのは、魂が身体に寄生してすぐだった。
医療用モニターに繋がれている現状でははっきりとしないが、身体内部から不快な機械音がわずかに響いている気がする。
イオンに入っても、きっとここまでの音はしない。何の音だ?
高瀬も謎が多い男だ。
三人の男がやっと病室を後にした。
高瀬が入院して数日が過ぎた。手術後すぐから連日のようにNH社本部の職員がやって来て、事情聴取を繰り返す。他にも取引関係の打ち合わせやら連絡やらと、昼夜問わず人が出入りしている。
オンラインやメールではなく、直接会わねばならない要件ばかりだな。
高瀬は初期イオンと同じで身体中チューブの配線だらけだというのに、上半身を起こして平然と対応し続けていた。
この痛みと倦怠感はお前も私も同じであろうに。来客の退室時に深々と頭を下げるたび、身体中に激痛が走るではないか。
病室がVIP待遇である理由がようやくわかった。これは高瀬本人ではなく、高瀬が話す情報や仕事のためにとられた措置なのだ。
私は自分の職場環境がいかに気楽で恵まれていたかを今になって思い知った。
それにしても、NH社は相当に照陽グループを怖れているらしい。今しがたの話では、ヒミコの機嫌まで気にしていた。
あの時高瀬は気を失っていてヒミコを見ていないはずだが、彼女が苛立つ様子をなぜ知っていた?
「失礼します。お見舞いの方からお預かりした花をお持ちしました」
明るい声とともにドアが開いて、色とりどりの花を抱えた看護師が入って来た。既に花瓶に生けてあり、窓際に丁寧に置く。
ちらりとこちらを見た若い看護師は、恥ずかしそうに目を逸らした。
ああ、こいつは女にモテるな。
渋い男前が、やつれながらも毅然とベッドに上半身を起こしている。無駄に色気まであるようで、病室に来る医療スタッフは皆、何やら落ち着かなくなる。
「ああ、ありがとうございます。ですが、もし差し支えなければナースステーションに飾っていただけませんか?」
「え、でもせっかく綺麗な……」
「まだ、花を見て和む気分にはなれないのですよ。せっかく綺麗な花ですから、むしろ皆さんのそばに置いていただきたい。できれば沢田さんお一人に差し上げたいが、そうもいかないでしょう?」
「あ……ありがとうございます……」
高瀬の一瞬の笑顔がとどめを刺したのか、何度もお辞儀をした看護師は花を抱えてふらふらと出て行った。
ああ、これでお前の協力者が出来上がりだな。ネームホルダーをつけていても看護師をわざわざ名前呼びするか?
私を下品だと罵っておいて、お前も相当ではないか。
溜息をいくらついても状況は変わらない。まずは高瀬の体調が快復しなければ動きようがない。
高瀬の身体を完全に乗っ取るのであればこの入院期間は魂を肉体に馴染ませ繋げるのに丁度良いが、今の私はここから早く出たかった。
当面は高瀬が知るNH社や照陽についての情報収集期間だと自分に言い聞かせる。
ジー……ジジー……
また、嫌な音が聞こえる。
高瀬から微弱なノイズが聞こえることに気づいたのは、魂が身体に寄生してすぐだった。
医療用モニターに繋がれている現状でははっきりとしないが、身体内部から不快な機械音がわずかに響いている気がする。
イオンに入っても、きっとここまでの音はしない。何の音だ?
高瀬も謎が多い男だ。
2
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
バベル病院の怪
中岡 始
ホラー
地方都市の市街地に、70年前に建設された円柱形の奇妙な廃病院がある。かつては最先端のモダンなデザインとして話題になったが、今では心霊スポットとして知られ、地元の若者が肝試しに訪れる場所となっていた。
大学生の 森川悠斗 は都市伝説をテーマにした卒業研究のため、この病院の調査を始める。そして、彼はX(旧Twitter)アカウント @babel_report を開設し、廃病院での探索をリアルタイムで投稿しながらフォロワーと情報を共有していった。
最初は何の変哲もない探索だったが、次第に不審な現象が彼の投稿に現れ始める。「背景に知らない人が写っている」「投稿の時間が巻き戻っている」「彼が知らないはずの情報を、誰かが先に投稿している」。フォロワーたちは不安を募らせるが、悠斗本人は気づかない。
そして、ある日を境に @babel_report の投稿が途絶える。
その後、彼のフォロワーの元に、不気味なメッセージが届き始める——
「次は、君の番だよ」

THE TOUCH/ザ・タッチ -呪触-
ジャストコーズ/小林正典
ホラー
※アルファポリス「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」サバイバルホラー賞受賞。群馬県の山中で起こった惨殺事件。それから六十年の時が経ち、夏休みを楽しもうと、山にあるログハウスへと泊まりに来た六人の大学生たち。一方、爽やかな自然に場違いなヤクザの三人組も、死体を埋める仕事のため、同所へ訪れていた。大学生が謎の老人と遭遇したことで事態は一変し、不可解な死の連鎖が起こっていく。生死を賭けた呪いの鬼ごっこが、今始まった……。
たまご
蒼河颯人
ホラー
──ひっそりと静かに眺め続けているものとは?──
雨の日も風の日も晴れの日も
どんな日でも
眺め続けているモノがいる
あなたのお家の中にもいるかもしれませんね
表紙画像はかんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html) で作成しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる