182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
142 / 197
2043ー2057 高瀬邦彦

70

しおりを挟む
 ピッ、ピッ、ピッ……

 モニターの測定音だけが聞こえる。
 白壁や床の隅々まで届く照明、適温無風で内外の境界も時間も曖昧な空間。
 ここがどこなのかわからない。
 生きていることだけは確かだ。
 一つの身体に魂が混在しても、肉体の感覚は共有できるのか。腕が痛む。全身が重く熱っぽい。
 高瀬邦彦は病院の特別室で療養していた。最上階にある、ホテルのスイートルーム並の奥部屋に隔離され、対応する医療スタッフも限定されている。この男がここまでVIP待遇になる理由がわからない。
 高瀬の身体に押し入ってから、私はまだ彼と直接対話をしたことはない。高瀬に意識がある時は黙って様子を伺い、たとえ今のように眠っている間でも勝手に身体を操ることはしない。
 高瀬に取り憑く悪霊にでもなった気分だが、いきなり話しかけても高瀬が混乱するだけだろう。
 相馬の死の瞬間、私は高瀬と目が合った。
 銃撃される相馬に駆け寄った高瀬を地面に押し倒そうとした勢いで、この身体に入ってしまった。
 不可抗力。だが、渡りに船か。
 私は他人の身体から魂を追い出し、肉体を奪って人生を乗っ取ることができる。とはいえ、いつでも易々やすやすと乗り移れるわけではない。
 カイが言っていたように、魂と肉体は固着しており簡単には剥がれない。肉体の損壊などで自身の魂が解放され、相手の魂が不安定な状態であった時にはじめて乗っ取りが可能になるのだろう。
 逆に、一度入ってしまった身体から出るには相当難儀だということだ。
 私は高瀬になる気はない。高瀬の魂を追い出し死なせることもしたくない。
 当分居候させてもらい、高瀬を生かしたまま、いつかここから出て行くことはできるだろうか。どうにかイオンのもとへ行き、今度こそイオンに入りたい。イオンたちはきっと魂と交信できるだろう。だが、勢いで入れるものなのか。高瀬に寄生した今の状態で、まずは試してみた方が良かろう。
 相馬の身体はあの後どうなったのか。何かの事故死として処理されたに違いないが、せめて葬いだけでも隠されることなく取り行って欲しい。
 この世で相馬は完全に過去の人間となったのだ。リツも私も、相馬であることを証明できる存在ではない。
 はあ、と魂だけなのに溜息が出る。今の私は高瀬邦彦だ。
 ベッドの頭上のプレートに四十四歳と書かれていた。この男は相馬より一つ年上なだけか。貫禄があり過ぎる高瀬と、子供じみていた相馬と。どう生きたらここまで差が出るのか。
 高瀬は大学卒業後すぐにNH社に入った生え抜きのエリートだ。メカニック出身らしいが、裏部門に移動した当初から本部所属だったはずだ。
 機械理工学、メカトロニクスを専攻しておいて、研究職ではなく表部門でメカニックを希望したのちに、どうして裏の渉外担当として政治や軍と関わり続ける道を選んだのか。
 こいつも天才の変人か。
 私は高瀬の仕事をいっさい知らない。
 照陽グループとの関係も不明瞭だ。あそこにはヒミコを筆頭に私のことが視える人間が何人もいそうだから、できれば関わりたくはない。
 当分は悪霊らしく静かにまとわりついているのが得策だろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Dark Night Princess

べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ 突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか 現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語 ホラー大賞エントリー作品です

異世界に憧れた少年の末路がこちらである

焼き芋さん
ホラー
異世界転生あるいは、異世界召喚に憧れる高校生、碇海人は退屈な日常を過ごしていた。 日々妄想をするだけだったのだが、ある日、思わぬ形で彼の夢は叶ってしまう。 叶ったのは異世界召喚、海人と友達の健二は、この残酷で、恐ろしい、異質な世界を探検する事にした。 彼らを待ち構えているものは果たして希望なのか、それとも絶望なのだろうか。

削除者 - Deleter -

雪野鈴竜(ユキノリンリュウ)
ホラー
自殺者達は死後、自ら死を選んだ罪で“千年間”死んだ時と同じ方法で死を繰り返さなければならない。自殺者達は終わりの見えない痛みと苦しみに耐えきれず、時に暴走する。天界に住む天使達の中には“削除者”という職業が存在し、この者達がそんな暴走した自殺者達の魂を管理する。

俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク
ホラー
俺は人間が嫌いだ  そんな青年がいた 人の認識で成り立つこの世界  人の認識の歪みにより生まれる怪異 そんな青年はある日その歪みに呑まれ  取り殺されそうになる。 だが怪異に対抗する少女に救われる。  彼女は旋律士 時雨  彼女は美しく、青年は心が一瞬で奪われてしまった。  人嫌いの青年が築き上げていた心の防壁など一瞬で崩れ去った。  でも青年はイケメンでも才能溢れる天才でも無い。  青年など彼女にとってモブに過ぎない。  だから青年は決意した。  いい人を演じるのを辞めて  彼女と一緒にいる為に『嫌な奴』になると。

さや荘へようこそ!(あなたの罪は何?)

なかじまあゆこ
ホラー
森口さやがオーナーのさや荘へようこそ!さや荘に住むと恐怖のどん底に突き落とされるかもしれない! 森口さやは微笑みを浮かべた。 上下黒色のスカートスーツに身を包みそして、真っ白なエプロンをつけた。 それからトレードマークの赤リップをたっぷり唇に塗ることも忘れない。うふふ、美しい森口さやの完成だ。 さやカフェで美味しいコーヒーや紅茶にそれからパンケーキなどを準備してお待ちしていますよ。 さやカフェに来店したお客様はさや荘に住みたくなる。だがさや荘では恐怖が待っているかもしれないのだ。さや荘に入居する者達に恐怖の影が忍び寄る。 一章から繋がってる主人公が変わる連作ですが最後で結末が分かる内容になっています。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

メゾン漆黒〜この町の鐘が鳴る時、誰かが死ぬ。

大杉巨樹
ホラー
 令和5年夏、日本では三都県をまたぐ女子高生連続殺人事件が起こり、世間を賑わせていた。そしてついに四件目が発生し、その現場となったH県の禍津町には大規模な捜査本部が設けられ、K市所轄強行犯係の刑事たちは警察庁刑事部捜査一課から派遣された捜査員たちと合同で捜査に当たることとなる。K署で巡査部長に昇進したばかりの弓削史子は特に鼻息が荒く、この捜査で手柄を上げてさらなる出世を目論んでいた。  そして捜査が進む中、禍津町の高台に建つメゾン・ド・ノワールというシェアハウスに住む住人が事件に関わっていることが判明していく。ノワールの住人の中に連続殺人の犯人がいるのか?  一方、禍津町では人々の目から流血するという症状が多発し、その症状が出た者は凶暴化し、さらなる事件を引き起こしていく。この症状は伝染病なのか?それとも何か別の原因があるのか?  やがて刑事たちは日本を震撼させる驚愕の事実に突き当たっていく…… ※本作はフィクションであり、本作に登場する出来事、団体、個人は実在のものとは一切関係ありません。また一部、実際に起こった事件を連想させる描写もありますが、独自調べの上に創作を重ねておりますので、そこも含めてフィクションと見ていただければと思います。

冀望島

クランキー
ホラー
この世の楽園とされるものの、良い噂と悪い噂が混在する正体不明の島「冀望島(きぼうじま)」。 そんな奇異な存在に興味を持った新人記者が、冀望島の正体を探るために潜入取材を試みるが・・・。

処理中です...