182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

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 ピッ、ピッ、ピッ……

 モニターの測定音だけが聞こえる。
 白壁や床の隅々まで届く照明、適温無風で内外の境界も時間も曖昧な空間。
 ここがどこなのかわからない。
 生きていることだけは確かだ。
 一つの身体に魂が混在しても、肉体の感覚は共有できるのか。腕が痛む。全身が重く熱っぽい。
 高瀬邦彦は病院の特別室で療養していた。最上階にある、ホテルのスイートルーム並の奥部屋に隔離され、対応する医療スタッフも限定されている。この男がここまでVIP待遇になる理由がわからない。
 高瀬の身体に押し入ってから、私はまだ彼と直接対話をしたことはない。高瀬に意識がある時は黙って様子を伺い、たとえ今のように眠っている間でも勝手に身体を操ることはしない。
 高瀬に取り憑く悪霊にでもなった気分だが、いきなり話しかけても高瀬が混乱するだけだろう。
 相馬の死の瞬間、私は高瀬と目が合った。
 銃撃される相馬に駆け寄った高瀬を地面に押し倒そうとした勢いで、この身体に入ってしまった。
 不可抗力。だが、渡りに船か。
 私は他人の身体から魂を追い出し、肉体を奪って人生を乗っ取ることができる。とはいえ、いつでも易々やすやすと乗り移れるわけではない。
 カイが言っていたように、魂と肉体は固着しており簡単には剥がれない。肉体の損壊などで自身の魂が解放され、相手の魂が不安定な状態であった時にはじめて乗っ取りが可能になるのだろう。
 逆に、一度入ってしまった身体から出るには相当難儀だということだ。
 私は高瀬になる気はない。高瀬の魂を追い出し死なせることもしたくない。
 当分居候させてもらい、高瀬を生かしたまま、いつかここから出て行くことはできるだろうか。どうにかイオンのもとへ行き、今度こそイオンに入りたい。イオンたちはきっと魂と交信できるだろう。だが、勢いで入れるものなのか。高瀬に寄生した今の状態で、まずは試してみた方が良かろう。
 相馬の身体はあの後どうなったのか。何かの事故死として処理されたに違いないが、せめて葬いだけでも隠されることなく取り行って欲しい。
 この世で相馬は完全に過去の人間となったのだ。リツも私も、相馬であることを証明できる存在ではない。
 はあ、と魂だけなのに溜息が出る。今の私は高瀬邦彦だ。
 ベッドの頭上のプレートに四十四歳と書かれていた。この男は相馬より一つ年上なだけか。貫禄があり過ぎる高瀬と、子供じみていた相馬と。どう生きたらここまで差が出るのか。
 高瀬は大学卒業後すぐにNH社に入った生え抜きのエリートだ。メカニック出身らしいが、裏部門に移動した当初から本部所属だったはずだ。
 機械理工学、メカトロニクスを専攻しておいて、研究職ではなく表部門でメカニックを希望したのちに、どうして裏の渉外担当として政治や軍と関わり続ける道を選んだのか。
 こいつも天才の変人か。
 私は高瀬の仕事をいっさい知らない。
 照陽グループとの関係も不明瞭だ。あそこにはヒミコを筆頭に私のことが視える人間が何人もいそうだから、できれば関わりたくはない。
 当分は悪霊らしく静かにまとわりついているのが得策だろう。
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