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2039ー2043 相馬智律
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「あの、リツを連れて行っても構いませんか?」
「リツ?」
「イオンは基本外出できませんが、リツはBS社に長期出張させられていたようですし、今日もいきなりお呼ばれですから特例ということでしょう? 屋外での反応を見てみたいのですよ。職員寮まで散歩できたら最高ですが、まあ、車の送迎でも良しとしましょう。構いませんか?」
「どうぞご自由に」
リツは今日戻って来るということか。
高瀬は私を見たまま視線を外さない。私の内側まで覗き込むような強い眼差しの奥に、不信、疑惑が揺れている。
生死のかかった切羽詰まった状況にあるのは私の方だというのに、なぜお前が怯える?
「ねえ高瀬さん。あなたは視力が悪いのですか? さっきからじっと見つめられて落ち着かないのですが。視力が悪いのでなければ他に理由でも?」
これではリツと同じ手だな。自分でもくだらないとは思ったが、高瀬の反応が見てみたくなった。
「相馬さん、嫌いなやつだからといって、思わせぶりな視線を送るならもっと従順そうな顔でやってもらいたいものですね」
「こういう方がお好きでしょう?」
「好きですね、常に計算している人間は」
卓上に置いていた手を突然掴まれた。高瀬の顔が私の目の前に迫る。
「あなたは、誰だ?」
高瀬の警戒と緊張が伝わって来る。
「相馬です」
「相馬……」
私の笑顔は高瀬の神経を逆なでしたらしい。高瀬からは殺気すら滲み始めた。
「あなたは相馬を知らないようだ。相馬は、こんな下品なことはしない。相馬は人の心を盗み見るような真似はしない。相馬が私の目を見るなどありえない」
高瀬は嫌な笑い方をした。
「相馬は私に関わろうとしない。私が死ぬほど嫌いだったからな」
知っている。相馬の身体は覚えている。高瀬に掴まれた手から嫌悪が広がるのがわかる。
相馬は、本当に拷問でもされたのではないか? 笑えない冗談だ。
「高瀬さん、笠原の論文を読みましたね? 魂の移殖を信じたのですか。私が相馬ではないとでも? では、誰ですか。大村教授ですか?」
ククッ。お前の逡巡が顔に出ているぞ。魂には興味がなかったのではないか?
相馬の身体が動くのを目の前で見れば、誰もが私を無条件に相馬だと認識した。
高瀬は余程相馬に思い入れでもあったのか、あるいは昔からの知り合いか。入社時期も部署も違う二人に社内での接点はなかったはずだが。
高瀬は迷っている。常識と非常識の間で、自分の勘を信じきれずにいる。
でも、自分を信じたいだろう? ならば現実を見る勇気はあるか?
「……馬鹿馬鹿しい。明日の時間は追って連絡します」
高瀬はそれだけ言うと会議室を出て行った。
動揺。混乱。緊張。疑念。
高瀬は、私が相馬ではないと感じ取っている。だが、その事実を受け入れてはいない。そして、相馬ではない私が誰なのかわからないでいる。
ククッ、愉快だ。訊いてくれればいくらでも教えてやるのにな。
私にその時間が残されていれば、だが。
「リツ?」
「イオンは基本外出できませんが、リツはBS社に長期出張させられていたようですし、今日もいきなりお呼ばれですから特例ということでしょう? 屋外での反応を見てみたいのですよ。職員寮まで散歩できたら最高ですが、まあ、車の送迎でも良しとしましょう。構いませんか?」
「どうぞご自由に」
リツは今日戻って来るということか。
高瀬は私を見たまま視線を外さない。私の内側まで覗き込むような強い眼差しの奥に、不信、疑惑が揺れている。
生死のかかった切羽詰まった状況にあるのは私の方だというのに、なぜお前が怯える?
「ねえ高瀬さん。あなたは視力が悪いのですか? さっきからじっと見つめられて落ち着かないのですが。視力が悪いのでなければ他に理由でも?」
これではリツと同じ手だな。自分でもくだらないとは思ったが、高瀬の反応が見てみたくなった。
「相馬さん、嫌いなやつだからといって、思わせぶりな視線を送るならもっと従順そうな顔でやってもらいたいものですね」
「こういう方がお好きでしょう?」
「好きですね、常に計算している人間は」
卓上に置いていた手を突然掴まれた。高瀬の顔が私の目の前に迫る。
「あなたは、誰だ?」
高瀬の警戒と緊張が伝わって来る。
「相馬です」
「相馬……」
私の笑顔は高瀬の神経を逆なでしたらしい。高瀬からは殺気すら滲み始めた。
「あなたは相馬を知らないようだ。相馬は、こんな下品なことはしない。相馬は人の心を盗み見るような真似はしない。相馬が私の目を見るなどありえない」
高瀬は嫌な笑い方をした。
「相馬は私に関わろうとしない。私が死ぬほど嫌いだったからな」
知っている。相馬の身体は覚えている。高瀬に掴まれた手から嫌悪が広がるのがわかる。
相馬は、本当に拷問でもされたのではないか? 笑えない冗談だ。
「高瀬さん、笠原の論文を読みましたね? 魂の移殖を信じたのですか。私が相馬ではないとでも? では、誰ですか。大村教授ですか?」
ククッ。お前の逡巡が顔に出ているぞ。魂には興味がなかったのではないか?
相馬の身体が動くのを目の前で見れば、誰もが私を無条件に相馬だと認識した。
高瀬は余程相馬に思い入れでもあったのか、あるいは昔からの知り合いか。入社時期も部署も違う二人に社内での接点はなかったはずだが。
高瀬は迷っている。常識と非常識の間で、自分の勘を信じきれずにいる。
でも、自分を信じたいだろう? ならば現実を見る勇気はあるか?
「……馬鹿馬鹿しい。明日の時間は追って連絡します」
高瀬はそれだけ言うと会議室を出て行った。
動揺。混乱。緊張。疑念。
高瀬は、私が相馬ではないと感じ取っている。だが、その事実を受け入れてはいない。そして、相馬ではない私が誰なのかわからないでいる。
ククッ、愉快だ。訊いてくれればいくらでも教えてやるのにな。
私にその時間が残されていれば、だが。
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