182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

65-(4)

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「リツ、大丈夫だ。心配するな。お前は素直にカイに従っていればいい。後で褒めてもらえるぞ」
「後で?」
「あれは何度でも生まれて来る。死神だからな」
「しに、がみ?  人間……じゃないってこと?」
「そうだ。いや、外側は人間だが。……リツと同じようにハイブリッドだな。人間の身体に死神の魂が入っている」
「死神……」

   カイは、私を刈るためにこの世で人間として生きる死神なのだ。お前を利用していると売店で言ったのは、私をこの世から消す手伝いをさせているという意味だ。
   カイは私を消すために、これまで何度も何度でも現れた。今回もどうせろくなことはしない。今さらだ。
   リツは、わかったようなわからないような、ただ了解はしたという顔でうなずいた。

「……それでも、あなたはカイを待っている」
「そうだな。あれがいないと、生きている実感が湧かない」
「ふふっ。変なの」

 リツが小さく笑った。
 スクリーンの笠原も微笑んでいた。お前、普通に笑えたのか。

『……リツ。メモの用意はいいか?  シキには会えたか?  お前はシキを見る。シキに触れて、思い出す。私の声を思い出して、シキに伝える。メモに書く。簡単だ』

 繋いでいたリツの手がこわばった。スクリーンを見たまま、リツは笠原の言葉を繰り返すように声にした。

「思い出す……シキに……伝える……メモ……」

 リツがペンを取った瞬間、高瀬と立会人たちに緊張が走った。リツを囲むように集まって来て、ペン先を注視している。
 昨日は、何も起きなかった。
 カイから私へのメッセージであることは明白だ。
 リツは独り言のように話し始めた。

「……シキ。BS社の人格移殖は完成している。脳の保存、データ抽出と移行は実用段階だ」

 実用……。

「今は故人が生前残したデジタルデータも大量にある。思考パターンの組み立ては簡単だ。大村でやったように、死の直後の移殖も既に行われた」

   立会人たちが動揺している。高瀬は戸惑っていた。
   死の直後の移殖?  いったい、何の話を……。

「なあ、シキ。こいつは死なれると困るのか?  この世を動かす人間なのか?」

 ペンを持つリツの手が動き始めた。

[……は、人格移殖したアンドロイドだ。]

「カイ⁉︎」

 思わずイスから立ち上がった私は、リツに近づこうとする早川と目が合った。

「来るな早川!  動くな!  見るな!」

 机に覆いかぶさり叫ぶ私に、早川は呆然と立ちつくした。
 立会人たちは黙ってその様子を見ていた。
 こいつらは、知っている。
 一般国民にとって、この人間個人の生死はたいした問題ではない。だが、政財界や軍ひいては国家間のパワーバランスにおいて、不在が知られれば世界的動乱の引き金を引きかねない世界の要ともいうべき人間がアンドロイドに置きかわっている。
 私は、国家機密に触れたのだ。
   全くの部外者である私が、いっさい知る必要のない情報を知った。
   手術の担当でもなく、国家間の取引に関わりもなく、相手に与える見返りを何一つ持たない私が、不釣り合いに一方的に情報を得てしまった。
 なぜこんな重要機密を私に伝えた⁉︎
 BS社の社員とあの議員!
 最大の情報漏洩を危惧してここへ来たということか?
 ここはNH社の裏部門だ。大村の人体実験が問題にならなかったように、笠原の死が事件にならなかったように、研究員が一人消えたところで話題にすらならないだろう。
 高瀬はわずかな動揺を隠し、無表情に私を見下ろしていた。
   きっと高瀬も知らなかったに違いない。だが、この男と私とでは立場が違う。高瀬は巻き込まれたのだろうが、元々機密を扱ってきた人間だ。情報共有が許されるはずだ。
 リツは何が起きたかわからない様子で、自分が書いた文字を見つめていた。
   誰も、その場を動かなかった。
 カイは、本当にろくなことをしない。
 私を刈るためにリツを、相馬の魂を利用した。BS社も、NH社も、ただ利用した。
 ただ、それだけだ。
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