182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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 翌日の午後、リツは研究棟に戻って来た。これから会議室で笠原の資料を見ることになっているから、まだ本部から解放されたわけではない。

「相馬さん!」

 リツは私を見るなり抱きついてきた。余程不快な思いをしたのか、本気で怯えている様子だ。
 相馬。これが相馬だというのか?
 相馬の魂が、ここにいるのか?

「相馬……すまない。イオンたちにはわかるのに、私は気づいてやれないのだ。こうして触れても、わからない。魂に直接触れたこともあるというのに、薄情だな。ゆるせ、相馬……」

 どれだけリツに触れても、私にはわからない。相馬の記憶も自覚もない今のリツは、面影さえ残していないのだ。
 話して、言葉の端々にそれらしき気配を掴もうとしても、確証なく消えてしまう。昨夜お前を思って、わずかながらも相馬だと納得したはずなのに。

「ちょっと、相馬さん?  苦しいって」

 リツは腕の中でもがいていた。構わずしがみつく私を怪訝そうに見つめるリツは、急におとなしくなって訊いた。

「僕は……何を忘れているの?」
「え?」

 私は自然に手を離していた。
 そうだ。リツも心が読めるのだ。相馬は勘が良かった。今はイオンの五感センサーもある。お前は最強だ。

「今度は何ですか?  最強?」

 イオンと暮らしたら声を忘れそうだ。

「アンドロイドと人間の友情か。イオンは人たらしに育ったな」

 NH社の統括本部長、高瀬が近づいてきた。メカニック出身の高瀬は、それこそNH社のアンドロイド開発全てを知り尽くした重鎮であり、渉外に不可欠な存在だ。
   相馬と同年代だが、政治や軍関係者との繋がりが深いせいか貫禄があり過ぎた。研究棟所長の相馬に対する態度は大村の時と変わらず丁寧だが、心がいっさいこもっていない。

「昨日あれだけ良くしてやったのに、ご主人様の方がいいか?」

 リツは私の後ろに隠れた。どれだけ拷問されたのか想像しそうな冗談だ。いや、この男は生真面目だ。冗談は、きっと言わない……。

「統括本部長にわざわざご足労いただき恐縮です」
「相馬さんは相変わらず口だけですね。いつもどおり高瀬でいいですよ」

 イオンの提案、報告でたびたび顔を合わせては腹の探り合いをしているので、お互い全く信用していない。イオンでハニトラを仕掛けても、この男だけは落とせない気がする。
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