182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
127 / 200
2039ー2043 相馬智律

64-(1/2)

しおりを挟む
「開きました」

 早川から私への連絡は一日半後だった。笠原が持っていたメモリカードのパスワードつきフォルダのことだ。
 一日半か。
 フォルダに入っていたのは、笠原の研究論文とリツに向けたメッセージだという。パスワードの合否を報告するだけなら、早川はもっと早く私に伝えられたはずだ。
 リツは昨日のうちに本部役員に呼び出されて、研究棟には戻っていない。

「統括本部長が明日こちらへいらっしゃるそうです。所長に、笠原の論文とリツへのメッセージを見せたいとのことでした」
「リツは?」
「本部長と一緒に来ると思います。リツがいなくて寂しいんですか?」
「すごく寂しいですね」

 早川は軽蔑するように私を見た。
 早川も監視カメラのモニターチェックをしているらしいな。リツの起床、就寝時に私が毎回わざわざ抱き寄せているのを知っているのだろう。
 あれは、カイがやっていたというから私もしてみただけだ。ただし、カメラに良く映るようサービスしている。
 ここは「第二部」と同じなのだ。棟内では常に監視され、さらに早川が私の動向を全て上に報告している。早川が自ら監視役だと名乗ることはないが、暗黙の了解だとでも思っているのか堂々と私に干渉してくる。
 大村教授に対してはそこまで大胆ではなかった。変人の後輩には遠慮も配慮もする気がないのだろう。

「本部の方でリツの検査をしたそうですよ。当初の設計と違う箇所がいくつも見つかって、笠原の資料と照合しながらBS社の改造を確認しているそうです」
「本部長立ち合いのもとで、私が触るのではなかったんですか?」

 早川は、また嫌そうな顔で私を一瞬だけ見た。
 本部でリツのプログラムを見たのならば、私の改造も発見されただろうか。隠した相馬の実力が試されるな。

「詳細は明日わかるでしょうが……その……リツがどうやって動いているのかがわからないそうなんです」
「は? BS社が電源の入れ替えでもしたんですか?」
「元々搭載しているAIと接続が切れているようなんです。でも、リツの制御装置が他に見つからなくて、それなのにリツは動いている。何がリツを制御しているのか不明なんです」
「遠隔操作……ですか? マイクロチップでも埋められた、とか」
「もちろんボディスキャンして確認済みです。外部からの電波も遮断して、とにかく可能性がありそうなことは全て試したそうです」

 それで私への報告に一日半かかったのか。
 それにしても、搭載AIとボディの接続が切れている?
 イオンにはAI制御を外すシステムがある。私がイオンを「魂の器」として使う時に、AIから魂の手動運転に切り替えるために作っておいた装置だ。それは相馬が隠してくれたはずだし、相馬のステルスに言及がないのは、装置が見つかっていないということだろう。 
 BS社がイオンに人格移植する際、勝手に元のAIの接続を切ったのか? だが、リツを動かすものが見つからない?
 私には人格移植がどのように行われるのかわからない。とにかく笠原のフォルダを待つしかないな。
 早川は、自分でリツを分解したくて仕方ない様子だ。リツが戻って来たら、気をつけろと教えてやらねば。

「教授……」

 早川が去ると、すぐに背後から声がかかった。振り向くとイオンが心配そうに私を見ている。早川とのやり取りを聞いていたのか。

「その呼び方は、時間外でもふさわしくはないな。三号」
「すみません」

 声をかけてきた三号は申し訳なさそうに謝ったが、嬉しそうでもあった。
 イオンは個別の名を呼ぶと嬉しそうな顔をする。それが基本プログラムなのか学習した喜びの表現なのか、私にもイオン本人にもわからない。

「私は先生だよ」

 教授とは大村のことだ。相馬は以前からイオンに「先生」と呼ばれていた。イオンたちは私が大村のままであるとの認識でいる。五号には話してあるから、大村でありながら相馬の姿になっている私を先生と呼ばなければいけないことは五体とも知っているはずだ。

「でも……。すみません」

 三号が言いかけてやめた。判断が揺らぐ優柔不断な機械などありえない。相手に遠回しに意見したい表現だ。

「時間外なら発言は自由だよ。構わないから言ってごらん」
「……あなたは大村教授のままです。私はあなたを見るたびに、教授と認識します。間違っていますか?」

 肉体が変わろうとも大村の魂は生き続けているとイオンは認識している。

「三号は正しい。けれども今は、私の都合で先生と呼んでもらいたい。人間には私が相馬に見えるからね」
「わかりました。でも……」

 三号はまだ何か気になる様子だ。

「でも?」
「あなたが先生なら、先生が二人になってしまいます」
「二人?」
「はい。だって、相馬先生は戻ってきました」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラサイト/ブランク

羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

二人称・短編ホラー小説集 『あなた』

シルヴァ・レイシオン
ホラー
普通の小説に読み飽きたそこの『あなた』 そんな『あなた』にオススメします、二人称と言う「没入感」+ホラーの旋律にて、是非、戦慄してみて下さい・・・・・・ ※このシリーズ、短編ホラー・二人称小説『あなた』は、色んな"視点"のホラーを書きます。  様々な「死」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「因果」などを描きますので本当に苦手な方、なんらかのトラウマ、偏見などがある人はご遠慮下さい。  小説としては珍しい「二人称」視点をベースにしていきますので、例えば洗脳されやすいような方もご観覧注意、願います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

ラヴィ

山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。 現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。 そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。 捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。 「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」 マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。 そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。 だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。

『怪蒐師』――不気味な雇い主。おぞましいアルバイト現場。だが本当に怖いのは――

うろこ道
ホラー
第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリーしています。 面白いと思っていただけたらご投票をお待ちしております! 『階段をのぼるだけで一万円』 大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。 三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。 男は言った。 ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。 ーーもちろん、ただの階段じゃない。 イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。 《目次》 第一話「十三階段」 第二話「忌み地」 第三話「凶宅」 第四話「呪詛箱」 第五話「肉人さん」 第六話「悪夢」 最終話「触穢」

処理中です...