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2039ー2043 相馬智律
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「開きました」
早川から私への連絡は一日半後だった。笠原が持っていたメモリカードのパスワードつきフォルダのことだ。
一日半か。
フォルダに入っていたのは、笠原の研究論文とリツに向けたメッセージだという。パスワードの合否を報告するだけなら、早川はもっと早く私に伝えられたはずだ。
リツは昨日のうちに本部役員に呼び出されて、研究棟には戻っていない。
「統括本部長が明日こちらへいらっしゃるそうです。所長に、笠原の論文とリツへのメッセージを見せたいとのことでした」
「リツは?」
「本部長と一緒に来ると思います。リツがいなくて寂しいんですか?」
「すごく寂しいですね」
早川は軽蔑するように私を見た。
早川も監視カメラのモニターチェックをしているらしいな。リツの起床、就寝時に私が毎回わざわざ抱き寄せているのを知っているのだろう。
あれは、カイがやっていたというから私もしてみただけだ。ただし、カメラに良く映るようサービスしている。
ここは「第二部」と同じなのだ。棟内では常に監視され、さらに早川が私の動向を全て上に報告している。早川が自ら監視役だと名乗ることはないが、暗黙の了解だとでも思っているのか堂々と私に干渉してくる。
大村教授に対してはそこまで大胆ではなかった。変人の後輩には遠慮も配慮もする気がないのだろう。
「本部の方でリツの検査をしたそうですよ。当初の設計と違う箇所がいくつも見つかって、笠原の資料と照合しながらBS社の改造を確認しているそうです」
「本部長立ち合いのもとで、私が触るのではなかったんですか?」
早川は、また嫌そうな顔で私を一瞬だけ見た。
本部でリツのプログラムを見たのならば、私の改造も発見されただろうか。隠した相馬の実力が試されるな。
「詳細は明日わかるでしょうが……その……リツがどうやって動いているのかがわからないそうなんです」
「は? BS社が電源の入れ替えでもしたんですか?」
「元々搭載しているAIと接続が切れているようなんです。でも、リツの制御装置が他に見つからなくて、それなのにリツは動いている。何がリツを制御しているのか不明なんです」
「遠隔操作……ですか? マイクロチップでも埋められた、とか」
「もちろんボディスキャンして確認済みです。外部からの電波も遮断して、とにかく可能性がありそうなことは全て試したそうです」
それで私への報告に一日半かかったのか。
それにしても、搭載AIとボディの接続が切れている?
イオンにはAI制御を外すシステムがある。私がイオンを「魂の器」として使う時に、AIから魂の手動運転に切り替えるために作っておいた装置だ。それは相馬が隠してくれたはずだし、相馬のステルスに言及がないのは、装置が見つかっていないということだろう。
BS社がイオンに人格移植する際、勝手に元のAIの接続を切ったのか? だが、リツを動かすものが見つからない?
私には人格移植がどのように行われるのかわからない。とにかく笠原のフォルダを待つしかないな。
早川は、自分でリツを分解したくて仕方ない様子だ。リツが戻って来たら、気をつけろと教えてやらねば。
「教授……」
早川が去ると、すぐに背後から声がかかった。振り向くとイオンが心配そうに私を見ている。早川とのやり取りを聞いていたのか。
「その呼び方は、時間外でもふさわしくはないな。三号」
「すみません」
声をかけてきた三号は申し訳なさそうに謝ったが、嬉しそうでもあった。
イオンは個別の名を呼ぶと嬉しそうな顔をする。それが基本プログラムなのか学習した喜びの表現なのか、私にもイオン本人にもわからない。
「私は先生だよ」
教授とは大村のことだ。相馬は以前からイオンに「先生」と呼ばれていた。イオンたちは私が大村のままであるとの認識でいる。五号には話してあるから、大村でありながら相馬の姿になっている私を先生と呼ばなければいけないことは五体とも知っているはずだ。
「でも……。すみません」
三号が言いかけてやめた。判断が揺らぐ優柔不断な機械などありえない。相手に遠回しに意見したい表現だ。
「時間外なら発言は自由だよ。構わないから言ってごらん」
「……あなたは大村教授のままです。私はあなたを見るたびに、教授と認識します。間違っていますか?」
肉体が変わろうとも大村の魂は生き続けているとイオンは認識している。
「三号は正しい。けれども今は、私の都合で先生と呼んでもらいたい。人間には私が相馬に見えるからね」
「わかりました。でも……」
三号はまだ何か気になる様子だ。
「でも?」
「あなたが先生なら、先生が二人になってしまいます」
「二人?」
「はい。だって、相馬先生は戻ってきました」
早川から私への連絡は一日半後だった。笠原が持っていたメモリカードのパスワードつきフォルダのことだ。
一日半か。
フォルダに入っていたのは、笠原の研究論文とリツに向けたメッセージだという。パスワードの合否を報告するだけなら、早川はもっと早く私に伝えられたはずだ。
リツは昨日のうちに本部役員に呼び出されて、研究棟には戻っていない。
「統括本部長が明日こちらへいらっしゃるそうです。所長に、笠原の論文とリツへのメッセージを見せたいとのことでした」
「リツは?」
「本部長と一緒に来ると思います。リツがいなくて寂しいんですか?」
「すごく寂しいですね」
早川は軽蔑するように私を見た。
早川も監視カメラのモニターチェックをしているらしいな。リツの起床、就寝時に私が毎回わざわざ抱き寄せているのを知っているのだろう。
あれは、カイがやっていたというから私もしてみただけだ。ただし、カメラに良く映るようサービスしている。
ここは「第二部」と同じなのだ。棟内では常に監視され、さらに早川が私の動向を全て上に報告している。早川が自ら監視役だと名乗ることはないが、暗黙の了解だとでも思っているのか堂々と私に干渉してくる。
大村教授に対してはそこまで大胆ではなかった。変人の後輩には遠慮も配慮もする気がないのだろう。
「本部の方でリツの検査をしたそうですよ。当初の設計と違う箇所がいくつも見つかって、笠原の資料と照合しながらBS社の改造を確認しているそうです」
「本部長立ち合いのもとで、私が触るのではなかったんですか?」
早川は、また嫌そうな顔で私を一瞬だけ見た。
本部でリツのプログラムを見たのならば、私の改造も発見されただろうか。隠した相馬の実力が試されるな。
「詳細は明日わかるでしょうが……その……リツがどうやって動いているのかがわからないそうなんです」
「は? BS社が電源の入れ替えでもしたんですか?」
「元々搭載しているAIと接続が切れているようなんです。でも、リツの制御装置が他に見つからなくて、それなのにリツは動いている。何がリツを制御しているのか不明なんです」
「遠隔操作……ですか? マイクロチップでも埋められた、とか」
「もちろんボディスキャンして確認済みです。外部からの電波も遮断して、とにかく可能性がありそうなことは全て試したそうです」
それで私への報告に一日半かかったのか。
それにしても、搭載AIとボディの接続が切れている?
イオンにはAI制御を外すシステムがある。私がイオンを「魂の器」として使う時に、AIから魂の手動運転に切り替えるために作っておいた装置だ。それは相馬が隠してくれたはずだし、相馬のステルスに言及がないのは、装置が見つかっていないということだろう。
BS社がイオンに人格移植する際、勝手に元のAIの接続を切ったのか? だが、リツを動かすものが見つからない?
私には人格移植がどのように行われるのかわからない。とにかく笠原のフォルダを待つしかないな。
早川は、自分でリツを分解したくて仕方ない様子だ。リツが戻って来たら、気をつけろと教えてやらねば。
「教授……」
早川が去ると、すぐに背後から声がかかった。振り向くとイオンが心配そうに私を見ている。早川とのやり取りを聞いていたのか。
「その呼び方は、時間外でもふさわしくはないな。三号」
「すみません」
声をかけてきた三号は申し訳なさそうに謝ったが、嬉しそうでもあった。
イオンは個別の名を呼ぶと嬉しそうな顔をする。それが基本プログラムなのか学習した喜びの表現なのか、私にもイオン本人にもわからない。
「私は先生だよ」
教授とは大村のことだ。相馬は以前からイオンに「先生」と呼ばれていた。イオンたちは私が大村のままであるとの認識でいる。五号には話してあるから、大村でありながら相馬の姿になっている私を先生と呼ばなければいけないことは五体とも知っているはずだ。
「でも……。すみません」
三号が言いかけてやめた。判断が揺らぐ優柔不断な機械などありえない。相手に遠回しに意見したい表現だ。
「時間外なら発言は自由だよ。構わないから言ってごらん」
「……あなたは大村教授のままです。私はあなたを見るたびに、教授と認識します。間違っていますか?」
肉体が変わろうとも大村の魂は生き続けているとイオンは認識している。
「三号は正しい。けれども今は、私の都合で先生と呼んでもらいたい。人間には私が相馬に見えるからね」
「わかりました。でも……」
三号はまだ何か気になる様子だ。
「でも?」
「あなたが先生なら、先生が二人になってしまいます」
「二人?」
「はい。だって、相馬先生は戻ってきました」
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