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2039ー2043 相馬智律
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翌朝目を覚ましたリツは、ひとしきり泣いて全てを受け入れた。
泣いたといっても機械に涙はない。嘆いた、に近いだろうか。
リツは全身に触れ、手鏡で姿を確認し、身体をあちこち叩き始めた。
痛いですね。そう言って泣きそうな顔で笑い、溜息をついたり無表情になったり、思案しながら視線だけが左右上方に揺れたりと忙しく表情を変えた。
これのどこが機械なのだ。私が作ったイオンだと、どうやって納得しろというのか。
起床時間はイオンに命令や直接の声かけがなければ初期設定に戻るので、リツは他のイオンと同じ時間のままだった。
それがなんだ。早起きの人間なら皆起きる時間ではないか。
「そういうことですか。それじゃあ、仕方ないですね。僕は機械だったのか……」
リツはあっさりと納得した。
「あの、相馬さん。初めまして。浅井律です。ちゃんと自己紹介していなかったんですが、これ正しいですか? え、とイオン? イオンですって言った方がいいんですか?」
「リツで結構。君の知る自分のままでいいのだよ」
「でも、嘘なんですよね? 僕は浅井律として二十三年生きた記憶がありますけど、機械の身体が成長するわけがない。作りものの記憶ですか? 二十三歳も嘘? 僕って何だろう?」
リツは自分について考え始めた。あまりにも柔軟で客観的かつ淡々とした思考に、私の方が驚いている。
「君は不安だとか辛いとか、そういう感情は持っているのかい?」
「すごく不安ですよ。わからないことだらけです。だから、知りたい」
まっすぐに私を見て言うリツは、前を、未来を向いていた。
カイは、イオンに大村とは別の人格も移殖したと言っていた。これはその人間の性質なのだろうか。
「リツ、君は浅井律だ。昨日のことでこれから事情聴取があるが、君が知る世界を見てきたとおり話せばいい」
リツは、まだベッドの上で上半身を起こした状態のままだ。私はその横に座ると、労わるようにリツを抱き寄せた。
抵抗はない。私がリツを観察するように、リツもまた私を観察している。
親密さが互いを近づけたのではない。探るから近いだけだ。互いに、互いを警戒している。
きっとリツは、売店で働き始めた時から客の私を観察していた。
そして、その二人を本部の監視カメラは観察しているはずだ。売店でも、今この場でも。
「経……」
思わず声にして我に返った。
なぜ急に思い出した? リツは黙って私を見ていた。
「ああ、すまない。私には弟がいたのだ。君を抱き寄せていたら、思い出した」
「今はいないんですか?」
「……昔の話だ。最後に見たのが、丁度君と同じくらいの歳だった」
これは相馬の記憶ではない。この身体が知らないはずの記憶を私は持っている。
私もリツと同じか。何の疑問も持たずこの世に存在していた自分は、もういない。
泣いたといっても機械に涙はない。嘆いた、に近いだろうか。
リツは全身に触れ、手鏡で姿を確認し、身体をあちこち叩き始めた。
痛いですね。そう言って泣きそうな顔で笑い、溜息をついたり無表情になったり、思案しながら視線だけが左右上方に揺れたりと忙しく表情を変えた。
これのどこが機械なのだ。私が作ったイオンだと、どうやって納得しろというのか。
起床時間はイオンに命令や直接の声かけがなければ初期設定に戻るので、リツは他のイオンと同じ時間のままだった。
それがなんだ。早起きの人間なら皆起きる時間ではないか。
「そういうことですか。それじゃあ、仕方ないですね。僕は機械だったのか……」
リツはあっさりと納得した。
「あの、相馬さん。初めまして。浅井律です。ちゃんと自己紹介していなかったんですが、これ正しいですか? え、とイオン? イオンですって言った方がいいんですか?」
「リツで結構。君の知る自分のままでいいのだよ」
「でも、嘘なんですよね? 僕は浅井律として二十三年生きた記憶がありますけど、機械の身体が成長するわけがない。作りものの記憶ですか? 二十三歳も嘘? 僕って何だろう?」
リツは自分について考え始めた。あまりにも柔軟で客観的かつ淡々とした思考に、私の方が驚いている。
「君は不安だとか辛いとか、そういう感情は持っているのかい?」
「すごく不安ですよ。わからないことだらけです。だから、知りたい」
まっすぐに私を見て言うリツは、前を、未来を向いていた。
カイは、イオンに大村とは別の人格も移殖したと言っていた。これはその人間の性質なのだろうか。
「リツ、君は浅井律だ。昨日のことでこれから事情聴取があるが、君が知る世界を見てきたとおり話せばいい」
リツは、まだベッドの上で上半身を起こした状態のままだ。私はその横に座ると、労わるようにリツを抱き寄せた。
抵抗はない。私がリツを観察するように、リツもまた私を観察している。
親密さが互いを近づけたのではない。探るから近いだけだ。互いに、互いを警戒している。
きっとリツは、売店で働き始めた時から客の私を観察していた。
そして、その二人を本部の監視カメラは観察しているはずだ。売店でも、今この場でも。
「経……」
思わず声にして我に返った。
なぜ急に思い出した? リツは黙って私を見ていた。
「ああ、すまない。私には弟がいたのだ。君を抱き寄せていたら、思い出した」
「今はいないんですか?」
「……昔の話だ。最後に見たのが、丁度君と同じくらいの歳だった」
これは相馬の記憶ではない。この身体が知らないはずの記憶を私は持っている。
私もリツと同じか。何の疑問も持たずこの世に存在していた自分は、もういない。
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