182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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 私とリツは警備員に保護され、本部役員のいる事務室に連れて行かれた。事情聴取をするという。
 だが、リツは混乱が酷く、とても話せる状態ではない。イオンのボディメカニックによる傷の修繕後、日を改めて聞き取りをすることになった。
 リツは修繕時にイオン型アンドロイドであることが確認されている。製造番号も照合した。ボディ工場に出張したまま戻らなかった一体だ。
 BS社でどのように扱われ、どんな実験がなされたのか、私には知る由もない。イオンとはいえ、人間としてふるまっていたリツをどう処遇すればよいのか。
 本部役員たちは迷った末に当面の厳重隔離保護を決定した。
 実動のアンドロイドを人間と同じ環境で扱えるのは私の研究棟以外にはない。結局、他のイオンとは接触させずに私の居室で預かることになった。
 相馬は現在、研究棟の一室で生活している。大村が亡くなり荷物の消えた部屋を引き継ぐような形で、相馬となった私は使い続けていた。

「相馬君はその、偶然居合わせたと?」
「売店にはほぼ毎日行っていましたから、店員のリツとは顔見知りでした。今日は笠原と名乗る初対面の男がいまして、リツから売店本部の人間だと紹介されました。BS社のアンドロイド研究員だと言ったのは笠原本人です。向こうは私が相馬だとわかっていましたね。しかも、いきなり亡命したいと言い出しました。倫理的に許されない研究をしてしまったとか言っていた気もしますが、理由はわかりません。リツは笠原を本部の人間だと思っていたようでとても驚いていて、状況を全く理解していない様子でした。店が警備員に囲まれたので、笠原は逃げました。そうしたら銃声が聞こえて、目の前で笠原が倒れました。リツも撃たれたようで、自分の傷口を見てパニックになったんです。機械の身体であることに衝撃を受けていました。私にはリツがイオンだったことも、イオンが自分を人間だと思っていたことも信じられませんでした。驚きましたよ。あの……ところで、そちらはどなた様で?」

 事務室で事情聴取されていた私は、聞き取りをする本部役員数人の端に座る見覚えのない男が気になった。
 大村だった頃から研究棟所長として時々本部会議に出ていたから、役員たちの顔は知っている。この男だけは初対面だ。

「ああ、自己紹介もせずに申し訳ありません。経済産業省の黒岩と申します。ロボフレを担当しています。あ、ロボフレってわかります?」
「はあ、まあ。ロボットフレンドリー。ロボットが働きやすい社会環境を整えましょうっていう、ロボットの労働基準監督署みたいなものでしたか」
「そうですね。社会全体でロボットを導入しやすくするために、ロボットが働きやすい環境の構築を推進しています。ロボット版のバリアフリー化ですね」

 黒岩と名乗った三十代前半くらいの官僚は、場違いなほど和やかに挨拶をした。人当たりの良さそうな、いかにも営業的笑顔だ。

「で、なぜこちらに?」
「ああ、失礼。たまたま会議の予定でお邪魔しておりまして。まあ重大事案でもありますので、 NH社もBS社も両方監督する立場から同席させてもらいました」

 BS社の研究員が狙撃されて死んだのだから、それは重大事案だろう。たまたま会議で来て事件に遭遇して全く動じない。さすが官僚様だとほめる場面か?
 黒岩は私を警戒している。見定めるような視線を相馬がのらりくらりと受け流すから戸惑っているようでもある。
 笠原がここへ来たことは、BS社にとって想定外だったのだろう。笠原の動きを知った黒岩は急きょNH社に出向いた。そして、大村を使った人格移植実験を相馬がどこまで知ったのか確認しようとしている。私にはそう見える。少なくとも黒岩は、隣の本部役員たちよりも事情を知っているはずだ。
 相馬は何も知る必要はないということだ。大村の遺体を使った倫理的に問題アリの極秘実験なのだから、情報が漏れた時のリスクを考えれば当然である。私だってそんなめんどうごとに関わるのはごめんだ。
 何も知らないふりを通すが、黒岩はどこまで見抜きどこまで見逃してくれるのか。
 リツが笠原から受け取ったメモリカードは本部に提出した。下手に隠せばこちらの身が危うい。手みやげの実験データ。大村の人格移植の詳細だろう。

「いやいや、相馬さんはとんだ災難でしたね。イオン、いえリツの件がありますから、またお話を伺うかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「はい、それはまあ」

 最後までにこやかな黒岩にお辞儀をして事務室を後にした。
 これで解放、とはいかないのだろうな。完全に巻き込まれている。メモリカードは置いてきたが、それでは済まないだろう。
 リツは私のもとにいる。BS社に送られたイオンの里帰りでは終わらない。リツもまた笠原の言う手みやげだ。
 イオンに入れた大村の人格データに上書きした別人格がリツということになるが、リツはBS社についても笠原の仕事についても何も知らないようだった。自分が機械であることすら知らなかった。人間であると思い込んでいた。
 そんなことがあり得るのか? 人格データはそこまで強力なのか? それこそ催眠術、あるいは洗脳ではないか。

『機械に現れた人格は自分を人間と疑わず思考するのか? 簡単に上書きされる人格の人権とやらはどうなるのだろうな』

 笠原はそう言っていた。こっちが訊きたいくらいだ。
 別人格が上書きされたなら、イオンの自我はどうなった? リツの人格に隠れているだけなのか?
 そういえば、リツは笠原をカイと呼んでいた。あれが死神だと知っていたのか?
 考え始めたらきりがない。リツが落ち着いたら、訊かなければいけないことだらけだな。
 研究棟に戻った私は、眠っているリツの頭を静かに撫でた。リツはここから出てBS社で改造され、より人間らしくなって戻って来た。
 他のイオンよりリツの髪は短い。顔のパーツは同じだが肌の色がやや日焼け気味だ。肌の感触は、外に出てわずかに摩耗しているせいか、より人間らしく感じる。
 見た目だけではなく、売店で会って話した感じも全く人間だった。
 どうしたらここまで完璧な人間になれる? 人格移植、つまりイオンに人間的思考感情を与えれば皆こうなるのか?
 眠る姿も人間にしか見えない。眠りは機械的に言えば待機状態だ。バックアップ、アップデート、自己メンテナンスを含む見えない活動中であり、重要な充電時間でもある。
 イオンは電源内蔵型で油圧と電気を併用している。就寝時間中は、バッテリー充電のために腕巻き式血圧計のような充電器を手首に装着している。プラグは必要ない。
 リツはそれこそ血圧の定期測定とでも言われて、血圧計のつもりで充電器を着けていたのかもしれない。
 カイがリツを大切にしていたのは確かだろう。だが、私の速やかな死を望むお前が、なぜ私にリツを託す?
 カイの意図がわからない。
 BS社の人格移植プロジェクト主任研究員、笠原大輔。経歴は表に出ることなく、その死も情報として残らないだろう。
 お前はまた新しく生まれるのか。
 くり返しくり返し、私のもとへ来るために。



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