182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

54-(2/2)

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 売店に通い始めたのは、気分転換が必要だとイオンに勧められたからだ。
 私は最近それほどふさぎ込んでいたのだろうか。

「先生は外へ出られるのですから、権利を行使すべきです」

 イオンは外出を許されない。実験動物に自由がないのと同じだ。

「君は、外へ出たいか?」
「外に私の世界はありません。外は無いのと同じです」

 出たい。そう欲し、それを言わないのが今のイオンたちだ。私がポンと肩を叩くと、イオンは嬉しそうにうなずいた。
 心が生まれた機械は、嘘をつくことを最初に教わった。今のところ研究者たちに嘘が発覚する気配はない。
 つまり、イオンは状況を正しく認識し、機械として求められ認められる姿を把握し、臨機応変に対応できているということだ。AIには難しい作業だ。
 機械らしくふるまい続けて生き延びよ。自我を持つ機械を人間が受け入れるには、まだしばらく時間が必要だろう。
 私の思いもイオンはきっと察知している。
 売店は、施設敷地の中央門脇にある。外部との接触を極力避け、部外者の立ち入りを制限するためだ。食堂も食糧倉庫も全てここに集約されている。
 売店に入って向かうのは、決まって菓子コーナーだ。相馬は甘党だったのか、この身体は甘い菓子が欲しくなる。
 精神は肉体に支配されている。嗜好や感情は肉体に拠るところが大きい。
 相馬の身体は、当初私の魂をはっきり異物とみなしていた。身体に入ってしばらくはまともに思考ができず、物も食べられなかった。手足を動かし自由に歩き、欲を感じるまで時間はかかったが、少しずつ染みて絡み合うように馴染んでいった。
 食いつくすのが愛だと相馬は笑っていたな。結局、食いつくしたのは私の方ではないか。
 相馬……お前の望みは叶ったか?

「いらっしゃいませ」

 レジには二十代前半くらいの青年が立っていた。制服の帽子を目深に被り、黙々と仕事をこなす姿は人間だろう。地方の過疎地に広大な敷地を持つNH社の、社員がたまに来るだけの売店に接客用アンドロイドを入れるにはコストがかかり過ぎる。地元の学生バイトでも使って、品出しやら搬入やらを全てやらせているのだろう。
 私はポケット菓子が並ぶ棚からグミを取った。
 今日はコレか?
 こうして身体に訊いてみると、相馬が返事をするような気がする。いや、相馬はいない。相馬の肉体が返事をするのだ。
 機械の身体に魂が入れば、こんな面倒なことは全て解消されるだろう。肉体を保持するための欲が消えたら、人間には何が残るのか。
 世の中が機械の身体の人間とアンドロイドだらけになったら、欲の消えた仙人の世界になるのか。
 私には、その先の展望がなかった。

「いつもありがとうございます。甘い物がお好きですか? この時期は新商品が多くて、迷っちゃいますよね」

 にこやかに言われて思わず店員を見た。甘い物ばかり買いに来る客だと覚えられてしまっているのか?

「え……」
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。……なんでもない」

 イオン?  

 いや、まさかそれはありえないだろう。
 初めて間近で見た店員の顔が、イオンそっくりだった。それだけだ。
 民族的に近ければ、似た顔はいくらでもいる。イオンは平均的かつ最も美しいと感じる顔にデザインされている。特別に目鼻立ちの整った若い男であれば、似ていても不思議ではない。
 イオンはこの青年ほどニッコリ笑ったことがない。ここまで感情豊かな表情は作らない。

「また、お待ちしてます」

 イオン。
 いや、違う。
 むしろあれこそがイオンの理想形だ。
 青年のことが頭から離れなくなっていた。
 長いこと研究所の人間にしか会っていなかったから、職員とは雰囲気の違う一般の若者が珍しかっただけだ。
 青年の笑顔。少し砕けた敬語。相手を緊張させない穏やかな口調。客との絶妙な距離感。人間らしい表現……。
 人間に対して人間らしいとほめる私は、相当に感覚が麻痺しているに違いなかった。



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