182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

53-(1)

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 研究棟にイオンは六体いる。一体はボディ工場に長期出張中で現存五体だが、全員が私を大村と呼んだ。
 どうなっている?  私の身体は正真正銘の相馬だ。それなのに、今も前と変わらずに私を大村だと認識している。その事実に愕然とした。
   イオンには元々個人を識別する能力がある。容姿、声、肩書きや所属。事前のデータ入力や会うたびの情報蓄積で的確な判断を行えるようにしているが、情報の優先順位は自己学習である。
 イオンは外見で人間を識別していないのか?  変装がバレるどころの話ではないぞ。
 人間は、魂のすり替えなど起こらないという前提で私を見るから、あっさりと私を相馬として扱うのか。

「イオン、私は君たちを個別の名では呼ばない。君たちも、私の名は呼ばず肩書きの先生とだけで呼んでくれないか?」
「はい、先生。では、私の肩書きはイオンですか?」
「そうだよ。君たちは、イオンという職業に就いているんだ」

 相馬のふにゃふにゃとした柔らかい思考に染まったのだろうか。相馬の身体の五感で情報を得て、相馬の身体で計算し、声を発し、思考を伝える。相馬のバイアスがかかっているのは当然だ。
 宇宙人を信じ、あの世を簡単に受け入れた男は、イオンに畏怖の念すら抱いていたらしい。イオンを新しい人類として見ていたのだ。イオンを作った大村は、それこそ神のような存在だったか。
 イオンは美しい。表面的に完全な人間になったというのに、むしろ人間を離れて、人間を超越した存在になろうとしている。静かに微笑むたたずまいは、まさに慈悲を体現したような神々しさだ。これが、相馬から見たイオンなのか……。
 イオンは私を見て微笑みながら、時々別の所に視線を移していた。チラリと目をやり、また私に意識を戻すといった感じだ。
 見る先は……別のイオンだ。向こうもこちらのイオンに目をやる。
 アイコンタクトか?  私と話している時に、なぜ別のところに注意を向ける?
 イオンは状況把握のため自ら周囲を確認するが、目の前の人間に照準を合わせている間は目の前が優先だ。特に直接会話をしている相手には、自分だけを見ていると思わせなければならない。

「……イオン。ちょっと部屋にお邪魔してもいいかな」

 イオンと共に、ベッドしかない倉庫のような狭い居室に入った私は、イオンをベッドに寝かせて全身に触れていった。
 イオンは相手を目で追うようにできている。私の顔や手をやや不安そうな顔で交互に見つめるうちに、私の手を払いのける仕草を始めた。無理やり片腕をベッドに押さえつけると、もう一方の腕が伸びて私を押し返した。
 イオンには人間を拒絶するプログラムは組まれていない。暴力を受けた場合の反応も逃避に限られる。この場合なら、背を向けたり人間と距離を取るために移動するなどが正解だ。反撃はありえない。

「イオン。相馬は君に何をした?」

 イオンは私を向くと、ゆっくりと笑顔を見せた。喜びにあふれ、花開くという表現がふさわしい満面の笑みだ。
   私が初めて知る顔だった。

「相馬先生は私に、木の実をあげると言っていました」

 ……知恵の実か。
 相馬!
 私は思わず拳をベッドに叩きつけていた。
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