182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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「教授、降参です」

 数日私の書類を漁っていた相馬は、ベッドに突っ伏したまま静かに敗北宣言した。
 研究棟にある私の居室に毎夜やって来て朝までベッドを占領し、イオン研究の計画書をにらみながら手書きのメモやらマインドマップまで引っ張り出したが、とうとうパズルは完成しなかったらしい。

「教授、教えて下さい。あなたはイオンで何をするつもりなんですか」

 私は答えなかった。答えられなかったというのが正しいだろう。いくら話しても、狂人のたわごとだ。

「相馬君、なんだかやつれているな。こんなところで無駄に命を削る必要はないのだぞ」

 大げさな表現ではあったが、相馬が真剣に取り組んでいたことは知っている。

「君はなぜ私の計画書では納得できない? これでは不足で、上に申請しても却下されると考えるならそこを指摘してもらいたい」
「僕が教授に不足を指摘? とんでもない。違う、違うんです。僕は知りたい。イオンの自我の有無を知ったその先に教授が何をしようとしているのかを。五感センサーを最大レベルにしたら不規則行動が出る可能性があるから、事故防止のために原因とセンサー最適値を探るというのは納得です。それで申請は十分通るはずです。どこにも問題はない。でも、教授にはその先がある。これは僕の勘でしかないけれど、計画書には言外の意図が絶対にある」

 相馬は勘が良かった。そして、好奇心が人一倍強かった。
 知りたい。
 それは純粋に魂の欲求ではないのか。こんなにやつれているのに、きっと相馬の魂は輝いている。

 ──お前は美しいな。

 ふいに死神の言葉がよみがえった。
 他人の身体を乗っ取り生き続けてきた私に、死神はそう言ったのだ。あの時、私の魂は輝いて見えていたのか?
 この世を知りたい。この先の世界を知りたい。知り続けたい。
 今もそれは変わらないというのに、心が重い。肉体が覆い被さるように魂を圧迫する。
 幸い病気もケガもなくこの年まできた。相応に老化はしても寿命はまだ先だと勝手に信じていた。だが、大村の肉体に自然な終結が迫っているのは確かだ。

「教授、あの……大丈夫ですか? やつれているのは僕よりも教授の方ですよ」

 この肉体を失ったら、私はどうなる? 再び幽霊となってこの世をさまよい続けるのか?絶対の孤独の中であれに狩られる恐怖を味わうのか?

「カイ……」

 背筋がぞくりとして我に返った。

「ああ……」

 その名を思い出してはいけない。
 その名を口にしてはいけない。
 繋がる。どこにいようと私の魂が死神に繋がる!
 遠藤として生まれた死神は死んだ。この世から消えた。その後、私に死神の訪れはなかった。新しく生まれたであろう死神は、きっとこの世で私との繋がりが切れていたのだ。
 今まで死神のことを極力考えないようにしてきた。その名を決して思い浮かべてはならないと、封じてきた。
 それなのに、私から手を伸ばしたのか。
 死神が来る。
 恐怖と歓喜の渦にのまれる。あの狂気の闇が私を満たす……。
 崩れ落ちるように床に膝をついて呆然とする私に驚いた相馬は、自身の憔悴を忘れて私を抱き寄せた。

「教授⁉︎  大丈夫ですか? 僕は立ち入り過ぎましたか? 触れてはいけないことに関わろうとしてしまいましたか⁉︎」

 自分が原因だと決めつけて、相馬は焦っていた。

「……カメラ、マイク……」

 大声で叫ぶ相馬にようやくそれだけ言うと、私は力なく相馬にもたれかかった。
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