182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 その夜も相馬は私の部屋にやって来た。

「教授ってずっとドア開けっ放しなんですか。閉めますよ?」

 この男は、いつも楽しそうな顔で楽しいことを探している。

「いやあ、今日怒られてしまいました。何で僕たちの密会がバレたんですかねえ?」

 修理済みであろう監視カメラに向かってそう言うと、相馬は書斎スペースの私めがけて突進してきた。
 イスに座る私の背後から抱きついて、机をあちこちいじり始める。

「おい、今日は何だ?」
「怒られたついでに確認してきたんですが、社内恋愛は禁止されていないそうですよ」
「は?」
「僕たちは公認、ということで。うん、大丈夫そうだな」
「何が大丈夫なんだ?」
「ベッドは撮るなってお願いしてきたんですよ。僕だってここの社員になったんだから監視は承知しますけど、さすがに、ねえ?」

 何がねえ、だ。変人の天才はそうやって笑えば何でも許されると思っているのか?

「あ、僕これから毎日来ますから。人生でこんなにドキドキすることがあるとは思いませんでした」

 目を輝かせて相馬は笑った。
 私をベッドに引きずり倒すと、隣に来て私がまとめている途中の極秘計画書に目を通し始めた。
 もう、声をかけても気づかないだろう。過集中だな。
 イオンを人間に仕立てる目的であればどんな研究でも許されるNH社において、それでも私が秘匿する研究。それはイオンを「魂の器」にすることだ。あまりに荒唐無稽で狂人とみなされても仕方ないが、発覚して研究所を追い出されるわけにはいかない。
 私の魂が他人の身体に入り込んで馴染んでいく感覚は、LANケーブルを接続するのに似ている。つなぐという表現がしっくりくる。
 身体を動かす脳は、魂の命令を受信しているはずだ。だからイオンにも、電波ジャックに近いが魂の受信器を作ってみた。魂の構造はわからないものの、過去に三度他人の身体と接続することに成功した感覚が、イオンとの接続を確信させていた。
 ただひとつの懸念は、イオンに自我があった場合にどうなるか、だ。
 イオンを制御する人工知能は魂が入った時点で切断してしまえばいいが、イオン自身の心はどうする? 
 これはあくまでも仮定の話だ。だが、イオンたちにみられたプログラム設定外の動きをどう説明する?  イオンが窓の外の景色を眺めて微笑んだのはなぜか。別のイオンとアイコンタクトを取ったり、鏡に映る自分を見るように互いを見続けたのはなぜか。
 私には、イオンのボディに魂のようなものが宿ったとしか思えなかった。人工知能の命令とは関係なく、ボディ自体が外界に反応している。それこそが自我ではないのか。
 設定外の動きは、感覚情報の入力を制限すると消えた。生物的な五感刺激による反応を元々のプログラムより優先してしまう可能性があるということだ。
 命令より自我優先とは、躾がなっていない。
 イオンは自己複製しない点で生物とはいえないだろうが、限りなく人間に近づけて作っている以上、生物に似た反応が見られるようになっても不思議はあるまい。  
 イオンに私の魂を入れて手動運転に切り替えるとき、私はイオンの自我を殺すのか。相手が機械とはいえ、結局身体を乗っ取ることになるのか。
 修一の肉体を奪った時の記憶が私を慎重にさせていた。たとえイオンでも、魂のようなものがあるなら、それを消し去ることに抵抗があった。
 ならば、初めから自我を生まないよう五感センサーを弱くすればいいが、私がイオンに入ってから日常生活に支障が出るのは不都合だ。
 できることなら一度イオンのセンサー感度を最大にして、本当に自我が生まれるのか確かめておきたかった。自我が出ないレベルの感度を知っておきたかった。
 相馬が見ているのは、その計画書だ。
 イオンの五感センサーを最大限にした状態で出現する変則的反応と要因の考察。
 ただし、公に実験をするとブラックボックスに隠したシステムが発覚する可能性もあるため、実際に行えるかどうかは未定だ。
 どうにか穏便に実験ができないか、試行錯誤中だった。
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