182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 世にこれほどの不条理はあるだろうか。
 他人の命を奪い、なりすまし、それを捕らえに来た男が殺人罪に問われ刑に処されようとしている。
 真の罪人はそれを知りながらのうのうと生き延びる。
 だが、無実の男は私を決してとがめようとしない。恨み言ひとつなく憎むそぶりもなく、毎夜私の夢に現れる。

「なあカイ。お前はなぜ私を責めない?」

 ゾクゾクと身体中に狂気の悦びを感じながら、私は死神の影に触れ続けた。夢の中の地に転がる私を呆れたように見下ろして死神は溜息をつく。

「責められたいのか?」
「ああ、そうだ。私の悪行を罵倒し弾劾して、永劫えいごうに責め続けて欲しい」
「ちっ」

 死神の舌打ちが聞こえた。

 ガッ。

 死神の影が、蹴り飛ばすように私を転がして突き放した。

「もう触るな。焼け死ぬぞ。お前は常に計算している。お前の頭は冷え切っている」

 私はその指摘を無視した。

「……お前に罰されたい……」

 なおもしがみつこうとする私の手を振り払った死神は、覆いかぶさるように気配を近づけてきた。

「じっとしていろ。魂が死なれては困る」

 触れない距離で死神のエネルギーが私に流れ落ちるのを感じながら、この存在から永劫の罰を受けたいと身が震えた。
 慈悲。これは慈悲だ。穏やかに包まれる安寧。こんな死神があるか。私はこんな甘い癒しなどでは満足できないのだ。

「あの世の先は、安寧の世界が待っているのか?」
「そうだな」
「さぞや退屈だろうな」
「どう思うかはそれぞれだろう」
「お前は?  死神はやはりあの世の先の存在なのだろう?  どうだ、あっちは楽しいか?」
「自分で行って確かめろ」

 死神は鬱陶しいというふうに答えた。
 どうやら楽しくはなさそうだ。
 退廃と堕落と腐敗と、そういった諸々を作り出すのは死神ではなく人間だ。
 この世は安寧に退屈した魂の遊び場か。

「……遠藤の処刑は近いのか?  確定から二十年放置はさすがに長過ぎだろう」
「じきに解放される。やっと外で会えるな」

 死神もさすがにうんざりしているらしい。

「俺は何度でも生まれてお前の前に現れる。お前の時間と俺の時間は違う。俺はお前のために人生をかけているわけではないから心配するな。お前はただの違反者だ。それだけだ。お前に構ってやっているのは、いわば仕事だ。シキ、お前になら理解できるだろう?」

 冷たい視線が私を突き放す。わかっている。私だってお前と馴れ合うつもりはない。私は元より情など求めていない。
 お前は仕事で私につきあわねばならない。お陰で、私は死神の視座で世の中を俯瞰ふかんできる。私はお前を利用したいだけだ。

「カイ、ひとつ教えろ。ロボットに……誰かのコピーではなく、完全に自律学習するアンドロイドに感情が生まれて自我が確立したら、それも魂と呼ぶのか?  お前の取り締まり対象となるのか?」
「俺はこの世の出来事に興味はない。擬似的魂はこの世のものだ。結果的に人の魂と同じ情報の塊であっても、この世の中で完結している。あの世に帰る存在ではないから、俺の管轄外だ」
「そうか。存在は許されるのか」
「この世に外からの干渉はありえないと前にも言っただろう。その代わり、この世の出入管理は厳格だ。規則は守れ、シキ」
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