182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 遠藤寛治が逮捕されてから、はや十五年が過ぎた。
 遠藤は逮捕後全ての罪を認め、いっさいの反論なく、また謝罪反省もなかった。
 この先機会があれば何度でも同じことをやると宣言してはばからず、更生の余地なしとみなされた。
 死刑の確定である。
 死神が死刑を誘導するであろうことは、ある程度予想していた。その場合、被害者の私が極刑に反対する心づもりでいた。
 社会的信用が置けるどこぞの宗教団体に出向き入信する。そこで愛を説き、罪人への赦しを口にすればいい。団体は喜び勇んで遠藤救済のロビー活動を始めてくれるだろう。
 だが、私はNH社の裏部門へ移動し、世間から隔離されていた。これは自主希望であり、あくまで研究者としての拘束であるから外へ出て行けないわけではないが、極力目立つことはしたくなかった。
 意見の申し述べは文書で送ったが、あまり効果はなかったようだ。
 最大の誤算は、マツカワ電機会長の松川だった。
 当時松川の秘書をしていた秋山が殺害されたことへの嘆きは甚だしく、マツカワ電機あるいはNH社への怨恨説を含め独自に事件を調査して厳罰を求める署名活動まで始めてしまった。
 テレビによく出演してお茶の間に知られたかつての名物社長は、その知名度で事件の裁判を注目させる立役者となった。
 判決そのものが世論に直接動かされることはなかろうが、さすがに裁判官の心象は変わるかもしれない。私はその程度に考えていた。
 ところが、松川はそれで済まさなかった。
 既にNH社を創設して国との関わりを深めていた男は、見えないところでも動いた。
 なぜ私がそれを知り得たかといえば、大村修一がNH社に所属していたからだ。事件の当事者である私が偶然にも社内にいるのだから、被害者どうし密かに面会の場が設けられたのだ。
 松川は孫世代の私に心から同情し、慰めの言葉をかけた。そうして遠藤に対する憎しみを語る中に、裁判への圧力ともとれる働きかけがいくつも出てきた。
 長い引きこもり生活の後、大学を出ても地方の研究施設に籠っている社会経験の乏しい青年には理解できないことを前提に、松川は気安く語っていた。被害者の連帯感であろうか。
 松川には悪意などない。純粋に秋山の供養のため、正義のためだ。長年の飲み友達であった秋山への情が、晩年の松川を突き動かしたのだろう。
 実際に何をどこまでやったのか、具体的に私は知らない。既に松川は、真相を全て墓場へ持って行ってしまっている。
 遠藤の極刑が覆らないことだけは確かなようだ。
 人間としての死が魂の解放であるならば、死神は死刑を待ちわびているはずだ。自ら生を終わらせることも叶わず、その肉に囚われたまま刑務所の中で延々と時間を費やしているのだから。
 死神は自由に肉体を離れることはできないのだろうか。黒い影として散歩に出るのがせいぜいだろうか。
 安子が修一の殺人未遂を否定し続け再審請求に動いていると噂に聞いたのは、遠藤の刑が確定してしばらくしてからだった。
 安子は真実を諦めていなかったのか。
 私は彼女にどれだけ恨まれているのかを再認識した。
 安子は遠藤との接見を果たし、以後定期的に拘置所を訪れているらしい。これは週刊誌に出ていた穴埋め記事程度の真意不明なゴシップだが、訪れたことは事実であろう。
 遠藤は、いや、死神は自分の正体を安子に話すだろうか。安子は遠藤が人ならざるものであると気づくであろうか。
 どちらも否だと私は推測した。
 いくら安子が私を憎むからといって、相手が人ならざるものだと知ってなお減刑を強く求め続けるだろうか。頻繁に接見に向かうだろうか。接見中に安子が死神にたぶらかされた可能性を考えて、それもすぐに否定した。
 死神は、私を消し去ること以外この世に干渉はしないだろう。ただ私だけを追い続ける闇。
 カイ……。
 私はNeo-HCD社の研究棟に配属となってから、同社の広大な敷地内にある寮で生活している。いわゆる裏部門に所属して以降、敷地の外へ出たことはない。
 許可を取ればもちろん外出できるが、私には必要なかった。世情から遮断されるわけではなし、死神に追われる恐怖を忘れて研究に没頭し、これまでとは違った充実感に浸っていた。
 アンドロイドを開発することで、私は「魂の器」をこの世に生み出そうとしている。
 生きることをどれだけ否定されようとも、私は未来を望み続ける。
 死神は刑務所から出られない。安子が再審請求を続けている限り、法的拘束力はなくともすぐに刑が執行されるとは考えにくい。私が死神に追われずに済む期限が延びるだけだ。安子のおかげで、私は死神と接触しないで済んでいた。



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