182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
70 / 197
1974ー2039 大村修一

35

しおりを挟む
 私は毎晩悪夢を見る。それは、あの死神との甘美で倒錯した生死の狭間のやりとりではない。
 子供の目だ。
 秋山としての人生の最期に見た、子供の怯えた目を忘れることができないのだ。
 私は、申し開きのできない罪を犯してしまった。
 秋山の死の瞬間、とっさに子供の身体に押し入った。子供には現場を目撃した恐怖で隙があった。
 子供の魂をその場で弾き飛ばさなかったのは、死神には死霊が視えるとわかっていたからだ。子供が出れば、私と入れ替わったことがすぐに知れる。
   自分でもどうやったのか説明できないが、とにかく子供を絡め取ったまま身体に入り込んだ。
 遠藤が連行され、私自身もとりあえずの事情聴取が終わりようやく布団に寝かされた後で、私は子供の魂と対峙した。
 例えるならば、理解を超えた恐怖で萎縮し正気を保っていない状態の子供をなだめて寝かしつけたような感じだ。実際には人間の感覚で表現できるものではないが、宥めたその後で、熟睡した子供が寝ているシーツをそっと剥がしながら子供を包み、静かに家の外へ運び出したのだ。
 いや、捨てた。
 それが何を意味するか知りながら、捨てた。
 子供の人生は終わった。
 私に死霊は視えない。それから子供がどうなったのかは知りようがない。
 毎日手を合わせ、無事にあの世へ着くよう、ただ祈った。他人事のように祈る私は、涙さえ偽善とそしられるのだろう。
 毎晩夢に現れる子供は、私の意識の投影か子供自身の怨念か。
 罪。私は罪人つみびとだ。
 この世では決して裁かれることなく、また、死神の話ではあの世で現世の善悪は問われない。ただ己の心が判断するのみである。
 あの子供はどうなる?  ただ運が悪かったのか。そもそもの運命なのか。
 私自身が気を逸らすために、あらゆる書物を読みこれからを考えた。
 そうして神童の少年は、アンドロイド開発を目指した。
 人間に代わり危険な試験や作業をこなし、人間とともに生きるロボット。その先には、人間の魂の器を作りたいという私自身の望みがあった。
 人生はあまりにも短い。人類の行く先をもっとこの目で見たい。
 肉体に拠らなければ、死神に追われることなく永遠を生きられるだろうか。
 私は、これ以上罪を犯したくはない。
 まこと自分勝手な言い分に、自身の醜さを思い知る。
   生きたい。生命として当たり前の欲求を持つことが、今の私には悪であり罪であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

401号室

ツヨシ
ホラー
その部屋は人が死ぬ

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

【怖い話】さしかけ怪談

色白ゆうじろう
ホラー
短い怪談です。 「すぐそばにある怪異」をお楽しみください。 私が見聞きした怪談や、創作怪談をご紹介します。

無名の電話

愛原有子
ホラー
このお話は意味がわかると怖い話です。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

生きている壺

川喜多アンヌ
ホラー
買い取り専門店に勤める大輔に、ある老婦人が壺を置いて行った。どう見てもただの壺。誰も欲しがらない。どうせ売れないからと倉庫に追いやられていたその壺。台風の日、その倉庫で店長が死んだ……。倉庫で大輔が見たものは。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

かぐや

山碕田鶴
児童書・童話
山あいの小さな村に住む老夫婦の坂木さん。タケノコ掘りに行った竹林で、光り輝く筒に入った赤ちゃんを拾いました。 現代版「竹取物語」です。 (表紙写真/山碕田鶴)

処理中です...