182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 私は毎晩悪夢を見る。それは、あの死神との甘美で倒錯した生死の狭間のやりとりではない。
 子供の目だ。
 秋山正二としての人生の最期に見た、子供の怯えた目を忘れることができないのだ。
 私は申し開きのできない罪を犯してしまった。
 秋山の死の瞬間、偶然居合わせた子供を見つけ、とっさに身体に押し入った。目の前のやりとりに怯えきっていた子供には隙があった。
 子供の魂をその場で弾き飛ばさなかったのは、死神に気づかれてはならなかったからだ。子供の魂が身体の外に出れば、私と入れ替わったことがすぐに知れる。
 自分でもどうやったのか説明できないが、とにかく子供を絡め取ったまま身体に入り込んだ。
 遠藤が連行され、私自身もとりあえずの事情聴取が終わり、ようやく布団に寝かされた後で私は子供の魂と対峙した。
 理解を超えた恐怖で萎縮し正気を保っていない状態だった子供は、身体を丸めてうずくまっている。私からは顔が見えない。
 おい。
 声は聞こえていない様子だ。それだけではない。そこにいるのに、気配すら感じない。
 どういうことだ?

「大丈夫か……?」

 私は意を決して子供に近づき、丸まる背中にそっと触れた。

 あ……。

 触れた先からサラサラと、砂の山が崩れるように、形を失っていく。
 はじめから何もなかったかのように。
 砂を置き広げただけの、無。

「なぜこんな……」

 ぼう然と見つめていた私は、しかし、砂だと感じたそれがばらばらに散っていないことに気づいた。さらによく見れば、弱い光を発しているのだ。
 この少年の魂は、大村修一としての形を失ってしまったのか。
 私は修一の崩れて広がった魂をそっとかき寄せた。もはや人の姿にはならないが、水滴が自然に玉を作るのと同様小さな塊となった魂が私の両手の上でわずかに光っている。
 もし。
 私がその背に触れなければ、もろく崩れかけていた修一はやがて元に戻ったであろうか。
 傷ついた心を癒すべく静かに見守り温めたならば、この魂は再び肉体に染みわたり、やがて元気を取り戻して人生を歩み続けられたであろうか。
 私は決して触れてはいけなかったのだ。
 修一の魂が宿る肉体を奪うつもりがないのであれば。

「……」

 じわりと手のひらに粘着物が吸いつく違和感が広がる。
 光の玉が私に染みている。魂が直接触れ合うと混ざるのか?
 知らない感覚が恐怖を呼ぶ。
 私は手のひらにべたりとついた感触を丁寧にぬぐい取り、光の玉を静かに身体の外へ運び出した。
 いや、捨てた。
 それが何を意味するのか知りながら、捨てた。
 私には幽霊が視えない。子供がそれからどうなったのかは知りようがない。
 毎日手を合わせ、無事にあの世へ着くようにと祈った。
 あの死神に向けてさえ祈った。どうか子供の魂を見つけ、あの世へ導いてほしいと。身体は獄中にあろうとも、それくらいはできるだろう。以前夢に現れた黒い影を思い出す。
 きっとあれは、素直に従う者には神の如く映る。まばゆい光に魂を包み、優しくこの世から解いてくれるに違いない。
 私は結局自分のために祈っている。
 罪悪感を減らしたい。
 ただの保身だ。
 あの世とは、やはり遺された者が安寧を得るための概念ではないのか。自らはあの世を拒みながら子供に無事の旅立ちを願うとは、自分勝手も甚だしい。
 子供は毎晩夢に現れる。
 私の罪悪感の投影か。子供自身の怨念か。
 私は罪人だ。ただし、この世では決して裁かれることはない。あの世でも現世の善悪は問われないと死神は言った。
 ならばあの子供はどうなる? ただ運が悪かったのか。そもそもの運命なのか。
 自身が答えを持たない問いから気を逸らすために、あらゆる書物を読んだ。この先の人生を考えた。
 そうして大村修一は、アンドロイド開発を目指した。
 人間に代わり危険な試験や作業をこなし、人間とともに生きるロボット。その先には、魂の器を作りたいという私自身の願いがあった。
 人生はあまりにも短い。人類の行く先をもっとこの目で見たい。だが、これ以上罪を犯したくはない。
 他人の肉体を奪わなければ、死神に追われることなく永遠を生きられるだろうか。
 まこと自分勝手な言い分に、自身の醜さを思い知る。
 それでも生きたい。
 生きて未来を見たい。
 生命として当たり前の欲求を持つことが、私には悪であり罪であった。



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