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1940ー1974 秋山正二
33-(2/3)
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全てを奪われたい。酒で弛緩した身体を持て余しながら、心が死神に引きずられていく。死神は黙ってグラスを口に運びなから、酔いの回る私を強い視線で追いつめ、生への執着を削いでいく。
恐怖が酒をあおらせ、酒がさらなる興奮を呼ぶ。死神の射るような視線の奥に、私の欲を満たす痛みが潜んでいる。
どれだけの時が経ったのか。
私がテーブルに置いたグラスから手を離すのを死神は見逃さなかった。
「シキ、俺と来い」
肩を抱かれるようにして、私は店の外へ連れ出された。ふらふらと足をもつれさせながら歩く私は、はたから見れば泥酔して介抱される仕事帰りのサラリーマンだ。
酒豪で通った私がこれほどまでに正体をなくすのはおかしいではないか。
身体も魂も、死神に絡め取られて支配されている。もはや恐怖を忘れ、これから起こる快楽の極致を期待しているのがわかる。頬の紅潮は酒のせいだけではなかった。
郊外の鉄道駅前にある小さな飲み屋を出て、死神はどこへ向かおうというのか。駅前に商店街すらなく、わずかな街灯が点々と続く先に住宅街らしき灯りが見える。それとは反対側の暗い雑木林に引きずられて行く。
私が秋山になった時の記憶がよみがえる。
あれは死神が油断していただけだ。私が秋山の身体から死神を追い出し、肉体を奪うなど、予想もしなかっただろう。
私の魂を引きずり出すために、死神は秋山の身体から半ば抜け出ていた。だから死神を弾き飛ばすことができたに違いないのだ。
次はない。死神は当然警戒している。
意識が朦朧とする中で、徐々に思考が冷静になってきた。身体中の血が巡り、生への執着が湧いてきた。
生きたい。それはむしろ肉体の声だった。借り物の肉体は私と完全に同化していない分、自己主張が激しい。私の陶酔を突き崩し、生きる術を探れと叫ぶ。
そうだ。私には、まだ見たい未来がある……。
だが、頭が冷静になったところで既に雑木林の草むらに転がされていた。
「ずいぶんと……乱暴だな……」
「酷くされるのは好きだろう?」
「結局、武力か」
「お前次第の結果だ」
この光景は以前にも見た。だが今の私は、かつてより二十は若いはずだ。身体はまだ動くはずだ。
私と死神は抱き合うようにもつれながら、林の中の草むらを転げ回った。
辺りは民家もなく、二人の激しい息づかいだけが響いている。
「はは……お前、息が上がって……いるじゃあないか。死神のくせに、無様……だな」
「お前は相変わらず往生際が悪いな。さっさと終わらせてくれないか?」
仰向けに倒されている私の上で、死神はおぞましい笑顔を見せた。
「カイ……お前、人間を、長くやり過ぎだろう……前にこうして……見た時よりずいぶんと人相が……悪くなった……なあ。顔には内面……が、出るという……ぞ」
息が続かない。もはや起き上がる力は残っていない。私の心臓にナイフを突き立てようとする死神の手首を掴むのが精一杯の状態だ。
それでも、まだ諦める気持ちにはならなかった。
恐怖が酒をあおらせ、酒がさらなる興奮を呼ぶ。死神の射るような視線の奥に、私の欲を満たす痛みが潜んでいる。
どれだけの時が経ったのか。
私がテーブルに置いたグラスから手を離すのを死神は見逃さなかった。
「シキ、俺と来い」
肩を抱かれるようにして、私は店の外へ連れ出された。ふらふらと足をもつれさせながら歩く私は、はたから見れば泥酔して介抱される仕事帰りのサラリーマンだ。
酒豪で通った私がこれほどまでに正体をなくすのはおかしいではないか。
身体も魂も、死神に絡め取られて支配されている。もはや恐怖を忘れ、これから起こる快楽の極致を期待しているのがわかる。頬の紅潮は酒のせいだけではなかった。
郊外の鉄道駅前にある小さな飲み屋を出て、死神はどこへ向かおうというのか。駅前に商店街すらなく、わずかな街灯が点々と続く先に住宅街らしき灯りが見える。それとは反対側の暗い雑木林に引きずられて行く。
私が秋山になった時の記憶がよみがえる。
あれは死神が油断していただけだ。私が秋山の身体から死神を追い出し、肉体を奪うなど、予想もしなかっただろう。
私の魂を引きずり出すために、死神は秋山の身体から半ば抜け出ていた。だから死神を弾き飛ばすことができたに違いないのだ。
次はない。死神は当然警戒している。
意識が朦朧とする中で、徐々に思考が冷静になってきた。身体中の血が巡り、生への執着が湧いてきた。
生きたい。それはむしろ肉体の声だった。借り物の肉体は私と完全に同化していない分、自己主張が激しい。私の陶酔を突き崩し、生きる術を探れと叫ぶ。
そうだ。私には、まだ見たい未来がある……。
だが、頭が冷静になったところで既に雑木林の草むらに転がされていた。
「ずいぶんと……乱暴だな……」
「酷くされるのは好きだろう?」
「結局、武力か」
「お前次第の結果だ」
この光景は以前にも見た。だが今の私は、かつてより二十は若いはずだ。身体はまだ動くはずだ。
私と死神は抱き合うようにもつれながら、林の中の草むらを転げ回った。
辺りは民家もなく、二人の激しい息づかいだけが響いている。
「はは……お前、息が上がって……いるじゃあないか。死神のくせに、無様……だな」
「お前は相変わらず往生際が悪いな。さっさと終わらせてくれないか?」
仰向けに倒されている私の上で、死神はおぞましい笑顔を見せた。
「カイ……お前、人間を、長くやり過ぎだろう……前にこうして……見た時よりずいぶんと人相が……悪くなった……なあ。顔には内面……が、出るという……ぞ」
息が続かない。もはや起き上がる力は残っていない。私の心臓にナイフを突き立てようとする死神の手首を掴むのが精一杯の状態だ。
それでも、まだ諦める気持ちにはならなかった。
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