182年の人生

山碕田鶴

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1913ー1940 小林建夫

16-(2)

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「私は一度世を捨てた人間だ。だが、こうして生き長らえた以上、悔いなき人生を全うしたい。そのためにも、まずは父母に詫びねばなるまい。せっかくもらった命を粗末にした詫びだ。直接詫びて、できることなら叱ってもらいたいのだ」

 僧侶は笑っていた。私を馬鹿にしているのではない。ようやくそういったものに目を向ける気になったか。そんな感じだ。僧侶にとって死霊の類は当たり前の存在であったか。

「村はずれに、ヤイという年寄りがおる。山沿いの川を渡った先だ。幼い頃から独り言が多く、皆が気味悪がって一時寺に預け置かれていた。私の父はヤイを直接知っておったが、あれはこの世ならぬ存在と話しているのだと言っていたぞ。私に真偽はわからぬが、呼ぶか?」
「是非にも」

 私の言う半分は嘘である。私は小林として人生を全うしたい。そのために、まだ傍らにいるであろう元の小林の思いを聞いておきたいのだ。
 まずは工場を立て直さねばなるまい。社員もいることだから急務である。村を豊かにしたいと小林が言っていたのなら、なおのことだ。自分で起こした会社をどうしたかったのか。遺書には詫びしか書かれていなかった。
 死後に思いを伝えられぬ歯痒さは私自身が身をもって知っている。小林に言いたいことがあるならば聞いておいてやりたい。
 だが、そんな荒唐無稽をどう説明する? いくら僧侶が死霊を信じようとも、私と小林の魂が入れ替わった話を受け入れるだろうか。
 ひとまず父母への詫びと言っておけば、無難な理由にはなろう。
 それに、入水未遂は村の全員が知る事実だ。小林にとっては、経営者としての信用に関わる汚点だ。隠そうにも人の口に戸は建てられぬ。
 取引していた会社にも当然噂は広がる。ならば噂をむしろ好印象に利用すべきであろう。
 信心深い息子は亡き両親に詫び、心を入れかえ村の発展を誓う。これまで以上に誠心誠意働いて、会社を成長させていく。
 悪くない。
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