182年の人生

山碕田鶴

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1913ー1940 小林建夫

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 かつて、新聞記者の佐藤がたびたび私を訪ねて来ることに何やら引っかかるものを感じていた。あれは佐藤ではなく、佐藤が連れていた秋山正二に対する違和感だったのか。

「可及的速やかに……だが私は、どうやってあの世へ行けばよいかわからない」
「なんだ、迷子だったのか? 可哀想なことをした。もっと早く来てやればよかったか」

 死神は私を捉えたまま、からかうような笑顔を見せた。

「道草を食って遊んでいるから迷子になどなるのだ。お前も死後すぐは、ゆらゆらと天に上がっただろう? そのまま行けば彼岸の入り口で案内役が待っている。あとはそれに従えばよいだけだ。簡単だろう? 彼岸ではこの世から離脱する手続きを完了させ、魂にこびりついたこの世の汚れを落とすためにしばし留まることになる。元の世界に帰るのはそれからだ。あの世へ行く前から色々教えてやる義理はないが、お前は先々納得しなければ帰らなそうだからな」
「元の世界へ帰る、か。記憶もないのに帰れというのか。こちらですと案内されて地獄へ落とされても、ここが元の世界だと言われそうだな。もし、この世に留まり続けたらどうなる?」
「死後四十九日は生前と特段変わりはしない。この世に干渉できないが、生きていた頃の姿のまま徘徊してまわることは可能だ。この世をあきらめ、別れを受け入れるための猶予期間だと思えばいい。だがその先、死者はこの世から乖離していく。肉体という器を持たない魂は自らを保てなくなり、自らの姿を見失い、やがて自分が何者であったのかさえわからなくなる。それでもさまよい続ける幽霊は、もはや人の姿を取れず、あるいは砂塵の如く崩れてゆくのだ。この世に留まり続けて百年もすれば、魂自体が霞の如く消えて無くなるだろう。どれだけ強い執着をもって特定の場所や物、人に取り憑いても魂は消滅する。そこに怨念がいつまでも残るのは、ナメクジが這った跡がついているようなものだ。死者そのものがいるわけではない。お前のように新たな肉体を得れば魂は保持できるが、それは例外中の例外だ。まずありえない」
「ククッ。ずいぶんと親切な死神だな。懇切丁寧なご教示感謝する」

 死神に笑顔を見せながら、頭の中ではこの状況を理解するのに必死だった。
 私は四十九日が過ぎる前に小林の肉体を得て、再び生者となった。よってこの世から乖離することなく、存在の大本おおもとであるらしい魂とやらも崩れずに済んだのか。
 四十九日……さまよう幽霊……。

「宮田は⁉︎ 宮田は……間に合ったのか?」

 急に宮田が心配になった。私をこの地へ導いたという時点で、宮田は死後どれだけが過ぎていた? あの世へ旅立ったとヤイは言ったが、あれの魂は無事支障なかったのであろうか。

「あれはずいぶんとお前に執着していた。全く余計なことをしてくれる。心配するな、お前と話した日がちょうどの期限だ。当人はそんなことを考えもしなかっただろうがな。自らあの世へ向かったのだから、お前と違って手がかからなかった。結構なことだ」

 よかった。間に合ったのか。
 確証もない宮田の死後の救済に、私は安堵していた。
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