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1913ー1940 小林建夫
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東京から取材に来た佐藤とは、その後も関係が続いていた。佐藤はあくまで新聞記者として私に会いに来るが、特段の目的もない様子で、むしろ個人的なつきあいに近かった。
時折前触れもなくふらりと村に現れると、住人の話を聞いたり工場を見学したりして長居せずに帰っていく。まるで見回りでもしているかのようだ。
部外者が頻繁に出入りする土地ではないから、佐藤を知らない村人はいなかった。
工場を再稼動してすぐから四年間続いた戦争中には、村で徴兵される者やその家族の取材もしていたようが、見回り点検が主目的であるのは明らかだった。
「佐藤さん、あなたは吉澤さんから報酬でももらっているのですか? まるで見張りのようだ」
「そう見えますか? ははあ、それは失敬。僕がこの村を気に入っただけですよ。それに、ちゃんと仕事もしています。ここら辺は鰻が名物でしょう。あちこちの店の鰻料理を紹介する記事が結構な人気でしてね。来るたびに食べて回っているのです」
最初に鰻で接待したのは私だが、それから佐藤は一人で鰻の料理屋巡りをしていた。それを時々小さな枠で記事にしているから、地元の店主たちにも好評だ。しかも吉澤の関係者がこちらへ来た際には、店にわざわざ「新聞記事を見た」と言ってもてはやす。どこの店も均等に利用して、贔屓や馴染みは作らない。
よそ者が地域に波風を立てない知恵なのか、父は徹底して全体に気を配っている。
「小林社長と知り合って村に何度も通ううちに、ここがすっかり自分の故郷のようになっていましてね。もう十年以上になりますか。ずいぶんと長いおつきあいになりました」
迂闊にも今まで佐藤について特別関心を持たなかった。吉澤の依頼で偵察しているのは確かだろう。それだけなら問題ないが、何やら引っかかるものがあった。
「ところで、そちらの少年は?」
私は、佐藤が初めて連れて来た少年が気になった。荷物持ちであろうことは察しがつくが、やけに大人びた雰囲気でじっとこちらを見つめてくる。痩せているが華奢な感じはなく、意志の強そうな整った顔立ちが印象に残る。
「ああ、いやあ。ただの荷物持ちでして。正ニといいます。無口で愛想もないんですが、記憶力がめっぽう良くて、地図を見せればあっという間に記憶して道案内いらずなんですよ。仕事であちこち行くのに便利で連れ歩いています。社の雑用も器用に何でもこなすもんで、重宝しています。いずれ記者になりたいらしく、まあ弟子みたいなもんです」
正二は会釈だけして、また私をじっと見ている。
「君、いくつになるのかね?」
「十五です」
十五か。私が小林建夫になってちょうど十五年だ。ひとりの人間がこれだけ成長する時間を私は小林として生きたのか。
他人の肉体を奪って生きていることを私は忘れかけていた。そして、なぜか小林としての人生を正二に見定められているような気分になった。強い視線のせいかもしれない。
時折前触れもなくふらりと村に現れると、住人の話を聞いたり工場を見学したりして長居せずに帰っていく。まるで見回りでもしているかのようだ。
部外者が頻繁に出入りする土地ではないから、佐藤を知らない村人はいなかった。
工場を再稼動してすぐから四年間続いた戦争中には、村で徴兵される者やその家族の取材もしていたようが、見回り点検が主目的であるのは明らかだった。
「佐藤さん、あなたは吉澤さんから報酬でももらっているのですか? まるで見張りのようだ」
「そう見えますか? ははあ、それは失敬。僕がこの村を気に入っただけですよ。それに、ちゃんと仕事もしています。ここら辺は鰻が名物でしょう。あちこちの店の鰻料理を紹介する記事が結構な人気でしてね。来るたびに食べて回っているのです」
最初に鰻で接待したのは私だが、それから佐藤は一人で鰻の料理屋巡りをしていた。それを時々小さな枠で記事にしているから、地元の店主たちにも好評だ。しかも吉澤の関係者がこちらへ来た際には、店にわざわざ「新聞記事を見た」と言ってもてはやす。どこの店も均等に利用して、贔屓や馴染みは作らない。
よそ者が地域に波風を立てない知恵なのか、父は徹底して全体に気を配っている。
「小林社長と知り合って村に何度も通ううちに、ここがすっかり自分の故郷のようになっていましてね。もう十年以上になりますか。ずいぶんと長いおつきあいになりました」
迂闊にも今まで佐藤について特別関心を持たなかった。吉澤の依頼で偵察しているのは確かだろう。それだけなら問題ないが、何やら引っかかるものがあった。
「ところで、そちらの少年は?」
私は、佐藤が初めて連れて来た少年が気になった。荷物持ちであろうことは察しがつくが、やけに大人びた雰囲気でじっとこちらを見つめてくる。痩せているが華奢な感じはなく、意志の強そうな整った顔立ちが印象に残る。
「ああ、いやあ。ただの荷物持ちでして。正ニといいます。無口で愛想もないんですが、記憶力がめっぽう良くて、地図を見せればあっという間に記憶して道案内いらずなんですよ。仕事であちこち行くのに便利で連れ歩いています。社の雑用も器用に何でもこなすもんで、重宝しています。いずれ記者になりたいらしく、まあ弟子みたいなもんです」
正二は会釈だけして、また私をじっと見ている。
「君、いくつになるのかね?」
「十五です」
十五か。私が小林建夫になってちょうど十五年だ。ひとりの人間がこれだけ成長する時間を私は小林として生きたのか。
他人の肉体を奪って生きていることを私は忘れかけていた。そして、なぜか小林としての人生を正二に見定められているような気分になった。強い視線のせいかもしれない。
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