182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
51 / 199
1913ー1940 小林建夫

21

しおりを挟む
 東京から取材に来た佐藤とは、その後も関係が続いていた。佐藤はあくまで新聞記者として私に会いに来るが、特段の目的もない様子で、むしろ個人的なつきあいに近かった。
 時折前触れもなくふらりと村に現れると、住人の話を聞いたり工場を見学したりして長居せずに帰っていく。まるで見回りでもしているかのようだ。
 部外者が頻繁に出入りする土地ではないから、佐藤を知らない村人はいなかった。
 工場を再稼動してすぐから四年間続いた戦争中には、村で徴兵される者やその家族の取材もしていたようが、見回り点検が主目的であるのは明らかだった。

「佐藤さん、あなたは吉澤さんから報酬でももらっているのですか? まるで見張りのようだ」
「そう見えますか? ははあ、それは失敬。僕がこの村を気に入っただけですよ。それに、ちゃんと仕事もしています。ここら辺は鰻が名物でしょう。あちこちの店の鰻料理を紹介する記事が結構な人気でしてね。来るたびに食べて回っているのです」

 最初に鰻で接待したのは私だが、それから佐藤は一人で鰻の料理屋巡りをしていた。それを時々小さな枠で記事にしているから、地元の店主たちにも好評だ。しかも吉澤の関係者がこちらへ来た際には、店にわざわざ「新聞記事を見た」と言ってもてはやす。どこの店も均等に利用して、贔屓や馴染みは作らない。
 よそ者が地域に波風を立てない知恵なのか、父は徹底して全体に気を配っている。

「小林社長と知り合って村に何度も通ううちに、ここがすっかり自分の故郷のようになっていましてね。もう十年以上になりますか。ずいぶんと長いおつきあいになりました」

 迂闊うかつにも今まで佐藤について特別関心を持たなかった。吉澤の依頼で偵察しているのは確かだろう。それだけなら問題ないが、何やら引っかかるものがあった。

「ところで、そちらの少年は?」

 私は、佐藤が初めて連れて来た少年が気になった。荷物持ちであろうことは察しがつくが、やけに大人びた雰囲気でじっとこちらを見つめてくる。痩せているが華奢な感じはなく、意志の強そうな整った顔立ちが印象に残る。

「ああ、いやあ。ただの荷物持ちでして。正ニしょうじといいます。無口で愛想もないんですが、記憶力がめっぽう良くて、地図を見せればあっという間に記憶して道案内いらずなんですよ。仕事であちこち行くのに便利で連れ歩いています。社の雑用も器用に何でもこなすもんで、重宝しています。いずれ記者になりたいらしく、まあ弟子みたいなもんです」

 正二は会釈だけして、また私をじっと見ている。

「君、いくつになるのかね?」
「十五です」

 十五か。私が小林建夫になってちょうど十五年だ。ひとりの人間がこれだけ成長する時間を私は小林として生きたのか。
 他人の肉体を奪って生きていることを私は忘れかけていた。そして、なぜか小林としての人生を正二に見定められているような気分になった。強い視線のせいかもしれない。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

△〇の一部

ツヨシ
ホラー
△〇の一部が部屋にあった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ガーディスト

鳴神とむ
ホラー
特殊な民間警備会社で働く青年、村上 祐司。 ある日、東つぐみの警護を担当することになった。 彼女には《つばき》という少女の生霊が取り憑いていた。つぐみを護衛しつつ《つばき》と接触する祐司だが、次々と怪奇現象に襲われて……。

真夜中血界

未羊
ホラー
 襟峰(えりみね)市には奇妙な噂があった。  日の暮れた夜9時から朝4時の間に外に出ていると、血に飢えた魔物に食い殺されるというものだ。  この不思議な現象に、襟峰市の夜から光が消え失せた。  ある夏の日、この怪現象に向かうために、地元襟峰中学校のオカルト研究会の学生たちが立ち上がったのだった。 ※更新は不定期ですが、時間は21:50固定とします

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

アララギ兄妹の現代心霊事件簿【奨励賞大感謝】

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」 2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。 日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。 『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。 直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。 彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。 どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。 そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。 もしかしてこの兄妹、仲が悪い? 黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が 『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!! ‎✧ 表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...