182年の人生

山碕田鶴

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1913ー1940 小林建夫

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 何かが私を見ている。
 そう感じるようになったのは、製糸工場の再建を始めてすぐの頃からだった。
 常に監視の気配を感じる。吉澤しきとして生きた頃にも知る感覚ではあるが、果たしてこれは人の目なのか。
 身の回りの世話をしてくれていた信太郎は、かつて小林に遺された不安から疑心暗鬼で常に私を見ていた。だが今は、所帯を持って別に暮らしている。関係は良好であり、仕事仲間としての信頼関係を構築できているはずだ。監視される理由がない。
 私のかたわらで見守り続けてくれた宮田は、既にあの世へ旅立ったとヤイから聞いている。
 第二部本部が大陸部署の処分を密かに断行したのか、宮田の殉職は正式に僧侶に知らされた。職務中の不慮の事故だという。
 事件から既に二年は過ぎていたが、ともかくようやく宮田の葬儀を執り行うことができた。周囲が悲しみに包まれる中、仔細を知る私と僧侶は安堵した。あの世の住人となった宮田の安寧を私はただ祈った。
 これで本当にしまいだ。
 今の私につきまとう幽霊はいないとヤイは言っていた。そもそも宮田の気配を感じたことはない。私に幽霊は視えないから、何者かにつきまとわれても気づかないだろう。
 ならばこの気配は何か。
 幽霊でないなら何なのか。
 ねたそねみの類であれば、適当にやり過ごせるがそうではない。根本的に違うのだ。
 人ではない得体の知れぬ大きな存在が私に災いを成そうとしているような、底知れぬ不安がつきまとう。
 呪いか?
 だが、私は益々健康になり事業も順調だ。
 神仏か?
 識としての死後に、私は散々未来を覗いて回った。それが神仏の怒りに触れたとでもいうのか。いや、怒るならはじめから見せやしないだろう。いくらでも見放題だったではないか。
 覗いた未来の大局は今も変わっていないが、仔細は様々違っている。私が覗いた未来は、やはりその時点での予測であろう。日々刻々と未来は変わる。少し覗いたくらいで満足できるものではない。ただ覗くだけでなく、私は自分で経験したい。
 監視の気配の理由ならいくらでも仮説を立てられるが、これと納得できるものはない。
 そういえば世間では、ラジオ放送なるものが始まったと話題になっている。こんな山奥にはまだ設備もなく、それこそ噂だけが届く状況ではあるが、電波という類が私の神経に何か影響して監視の気配を感じさせるのであろうか。
 未来を覗いた時に、仕組みのわからぬ機械やらに心踊らせ、同時にわずかな不安を抱いたのを思い出す。
 ますます気配の理由がわからなくなった。
 ただ不安に怯えていても仕方あるまい。災厄の前触れでも起きない限り、監視は無視するに限る。
   私は今、小林建夫の人生に充実を感じていた。



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