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1913ー1940 小林建夫
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吉澤の家に赴くのは何年ぶりか。前に来た時は死霊だから数に入らないだろう。
大豪邸というわけではないが、和洋折衷の風変わりな建物は目立つ。
父を待つ応接間は、幼い頃、厳に立ち入り禁止であった。
どう運んだのかわからない巨大な壺や呪物にしか見えない置物など、怪しい物で溢れている。客人を驚かせるためだけに並べてあるのに、父からは決して話題にはしない。
客人の反応を観察しているのだ。父は相手の一挙手一投足を逃さず見ている。
今、自分がその客人としてここにいる。緊張に身震いがした。怪しまれてはならぬ。平静を装うのだ。だが緊張は隠す必要はない。小林には相応しい。
気配が近づく。私は椅子から立ち上がると深々と頭を下げたまま、父が言葉を発するのを待った。
「遠路ようこそお越し下さいましたな。小林さん、どうぞ頭を上げて下さい」
「は。小林建夫と申します。こたびお時間をいただけましたこと、感謝申し上げます」
父は笑顔で小林を迎えた。
「当主の吉澤弥彦です。早速ですが、貴殿の事業計画をうかがいたい」
余計な世間話はない。いきなり本題に入ると、村や会社、そして小林自身の経歴を詳細に聞いてきた。
どうせ調べはついているはずだ。答え合わせをしているに過ぎないだろう。私は淀みなく答えながら、父が小林個人に関心を寄せたことに気づいた。
「ところで小林さん」
私を見据える目には、不信も疑念も感じなかった。ただ、私を見定めているかのようだ。
私は父と目を合わせたまま出方を待った。
「なぜ吉澤組にお声がけ下さいましたか?」
手紙にはあえて書かなかった。本来ならば、はじめに伝えるべきことであろう。
「……ご子息、識殿を存じ上げていたからです」
「ほう」
父は、意外だという顔をした。識と小林に接点はない。父が事前に調べていれば、当然疑問に思うはずだ。
小林と同じ村に宮田がいる。宮田と識も繋がる。だが、小林と識の間に宮田を挟む理由がない。識と小林は絶対に繋がらない。
父の感情が微妙に揺らぐのがわかる。
吉澤の後継者の名前くらい、面識がなくても知ることは可能だ。父は識の友人に飽きるほど会っているだろう。どうだ、私も胡散臭いペテン師のひとりに見えてきたか?
「なぜと問われれば、識殿のご縁かと。ですが、吉澤様を頼ろうというのは私の勝手な判断で、もちろん識殿は存じません。残念ながらもうお会いすることは叶いませんので」
識の本葬はまだだ。本国で識の死は未だ公表されていない。でも、私は知っている。父はそれで小林が識に近い人間であると信用するか?
父は、私を好きにさせているようで全てを把握していた。結局父の手のひらで踊らされていた感がある。だから私の死も、父は真実を掴んでくれた。
それがありがたくもあり、悔しくもある。ひとつくらい父が絶対に把握できないことがあってもよかろう。
私は小林の件とは関係なく、父に一泡吹かせたい子供じみた意地で望んでいた。さすがに死後の繋がりは卑怯だろう。我ながらずるいとは思う。
「ひとつお聞きしたい」
「何なりと」
「あれは、どんな男でしたか」
「……」
そうきたか。
大豪邸というわけではないが、和洋折衷の風変わりな建物は目立つ。
父を待つ応接間は、幼い頃、厳に立ち入り禁止であった。
どう運んだのかわからない巨大な壺や呪物にしか見えない置物など、怪しい物で溢れている。客人を驚かせるためだけに並べてあるのに、父からは決して話題にはしない。
客人の反応を観察しているのだ。父は相手の一挙手一投足を逃さず見ている。
今、自分がその客人としてここにいる。緊張に身震いがした。怪しまれてはならぬ。平静を装うのだ。だが緊張は隠す必要はない。小林には相応しい。
気配が近づく。私は椅子から立ち上がると深々と頭を下げたまま、父が言葉を発するのを待った。
「遠路ようこそお越し下さいましたな。小林さん、どうぞ頭を上げて下さい」
「は。小林建夫と申します。こたびお時間をいただけましたこと、感謝申し上げます」
父は笑顔で小林を迎えた。
「当主の吉澤弥彦です。早速ですが、貴殿の事業計画をうかがいたい」
余計な世間話はない。いきなり本題に入ると、村や会社、そして小林自身の経歴を詳細に聞いてきた。
どうせ調べはついているはずだ。答え合わせをしているに過ぎないだろう。私は淀みなく答えながら、父が小林個人に関心を寄せたことに気づいた。
「ところで小林さん」
私を見据える目には、不信も疑念も感じなかった。ただ、私を見定めているかのようだ。
私は父と目を合わせたまま出方を待った。
「なぜ吉澤組にお声がけ下さいましたか?」
手紙にはあえて書かなかった。本来ならば、はじめに伝えるべきことであろう。
「……ご子息、識殿を存じ上げていたからです」
「ほう」
父は、意外だという顔をした。識と小林に接点はない。父が事前に調べていれば、当然疑問に思うはずだ。
小林と同じ村に宮田がいる。宮田と識も繋がる。だが、小林と識の間に宮田を挟む理由がない。識と小林は絶対に繋がらない。
父の感情が微妙に揺らぐのがわかる。
吉澤の後継者の名前くらい、面識がなくても知ることは可能だ。父は識の友人に飽きるほど会っているだろう。どうだ、私も胡散臭いペテン師のひとりに見えてきたか?
「なぜと問われれば、識殿のご縁かと。ですが、吉澤様を頼ろうというのは私の勝手な判断で、もちろん識殿は存じません。残念ながらもうお会いすることは叶いませんので」
識の本葬はまだだ。本国で識の死は未だ公表されていない。でも、私は知っている。父はそれで小林が識に近い人間であると信用するか?
父は、私を好きにさせているようで全てを把握していた。結局父の手のひらで踊らされていた感がある。だから私の死も、父は真実を掴んでくれた。
それがありがたくもあり、悔しくもある。ひとつくらい父が絶対に把握できないことがあってもよかろう。
私は小林の件とは関係なく、父に一泡吹かせたい子供じみた意地で望んでいた。さすがに死後の繋がりは卑怯だろう。我ながらずるいとは思う。
「ひとつお聞きしたい」
「何なりと」
「あれは、どんな男でしたか」
「……」
そうきたか。
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