182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
45 / 197
1913ー1940 小林建夫

18-(1)

しおりを挟む
 吉澤の家におもむくのは何年ぶりか。前に来た時は死霊だから数に入らないだろう。
 大豪邸というわけではないが、和洋折衷の風変わりな建物は目立つ。
 父を待つ応接間は、幼い頃、厳に立ち入り禁止であった。
 どう運んだのかわからない巨大な壺や呪物にしか見えない置物など、怪しい物で溢れている。客人を驚かせるためだけに並べてあるのに、父からは決して話題にはしない。
 客人の反応を観察しているのだ。父は相手の一挙手一投足を逃さず見ている。
 今、自分がその客人としてここにいる。緊張に身震いがした。怪しまれてはならぬ。平静を装うのだ。だが緊張は隠す必要はない。小林には相応しい。
 気配が近づく。私は椅子から立ち上がると深々と頭を下げたまま、父が言葉を発するのを待った。

「遠路ようこそお越し下さいましたな。小林さん、どうぞ頭を上げて下さい」
「は。小林建夫たけおと申します。こたびお時間をいただけましたこと、感謝申し上げます」
 父は笑顔で小林を迎えた。
「当主の吉澤弥彦やひこです。早速ですが、貴殿の事業計画をうかがいたい」
 余計な世間話はない。いきなり本題に入ると、村や会社、そして小林自身の経歴を詳細に聞いてきた。
 どうせ調べはついているはずだ。答え合わせをしているに過ぎないだろう。私は淀みなく答えながら、父が小林個人に関心を寄せたことに気づいた。

「ところで小林さん」

 私を見据える目には、不信も疑念も感じなかった。ただ、私を見定めているかのようだ。
 私は父と目を合わせたまま出方を待った。

「なぜ吉澤組にお声がけ下さいましたか?」

 手紙にはあえて書かなかった。本来ならば、はじめに伝えるべきことであろう。

「……ご子息、識殿を存じ上げていたからです」
「ほう」

 父は、意外だという顔をした。識と小林に接点はない。父が事前に調べていれば、当然疑問に思うはずだ。
 小林と同じ村に宮田がいる。宮田と識も繋がる。だが、小林と識の間に宮田を挟む理由がない。識と小林は絶対に繋がらない。
 父の感情が微妙に揺らぐのがわかる。
 吉澤の後継者の名前くらい、面識がなくても知ることは可能だ。父は識の友人に飽きるほど会っているだろう。どうだ、私も胡散臭いペテン師のひとりに見えてきたか?  

「なぜと問われれば、識殿のご縁かと。ですが、吉澤様を頼ろうというのは私の勝手な判断で、もちろん識殿は存じません。残念ながらもうお会いすることは叶いませんので」

 識の本葬はまだだ。本国で識の死は未だ公表されていない。でも、私は知っている。父はそれで小林が識に近い人間であると信用するか?
 父は、私を好きにさせているようで全てを把握していた。結局父の手のひらで踊らされていた感がある。だから私の死も、父は真実を掴んでくれた。
 それがありがたくもあり、悔しくもある。ひとつくらい父が絶対に把握できないことがあってもよかろう。
 私は小林の件とは関係なく、父に一泡吹かせたい子供じみた意地で望んでいた。さすがに死後の繋がりは卑怯だろう。我ながらずるいとは思う。

「ひとつお聞きしたい」
「何なりと」
「あれは、どんな男でしたか」
「……」

 そうきたか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

FLY ME TO THE MOON

如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

おシタイしております

橘 金春
ホラー
20××年の8月7日、S県のK駅交番前に男性の生首が遺棄される事件が発生した。 その事件を皮切りに、凶悪犯を標的にした生首遺棄事件が連続して発生。 捜査線上に浮かんだ犯人像は、あまりにも非現実的な存在だった。 見つからない犯人、謎の怪奇現象に難航する捜査。 だが刑事の十束(とつか)の前に二人の少女が現れたことから、事態は一変する。 十束と少女達は模倣犯を捕らえるため、共に協力することになったが、少女達に残された時間には限りがあり――。 「もしも間に合わないときは、私を殺してくださいね」 十束と少女達は模倣犯を捕らえることができるのか。 そして、十束は少女との約束を守れるのか。 さえないアラフォー刑事 十束(とつか)と訳あり美少女達とのボーイ(?)・ミーツ・ガール物語。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

意味が分かると怖い話 考察

井村つた
ホラー
意味が分かると怖い話 の考察をしたいと思います。 解釈間違いがあれば教えてください。 ところで、「ウミガメのスープ」ってなんですか?

処理中です...