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1913ー1940 小林建夫
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ヤイを帰した後、私は僧侶に宮田が殉職したことと私の素性を語って聞かせた。機密に関わることを除き、吉澤識が知る宮田亨栄の全てを伝えた。宮田はそれを見ているのだろう。
「吉澤様、生きている時に霊魂が視えない者は、死後も視えぬようです。亨栄は、ヤイのように強い力は持っておりませんが、幼い頃から何やら視えていたフシがあるのです。あれは吉澤様のお姿がずっと視えていたのでしょう」
「僧侶殿。私は小林ですよ。小林建夫として生きる者です」
「そう……でしたね。吉澤様も亨栄と同じように大陸で最期を迎えられた。貴方のお陰で、私は亨栄に会えた。見えやしませんがね。でも、貴方がヤイを呼んでくれたから別れを言える。こんなにありがたいとことはありません」
「今はまだ葬式を出すことさえ叶いませんが……ご子息の死は、いずれ明かされます。ご子息と同じ部署にいた男が、隠蔽を阻止してくれましたから」
ザンッ!
突然、目の前の障子が開いた。
「あ……」
誰もいない。いや、宮田ならいる。
「亨栄か? 何を怒っておる?」
「僧侶殿、なぜ怒っているとわかります?」
「いや、お恥ずかしい。あれは昔から短気で激昂しやすいところがありましてな。早く葬式を出せということか? ここは寺だ。いくらでも供養はしてやるから大人しくしておれ。吉澤様? 何か他にお心当たりでも?」
「さて」
そうか、お前は激情型か。取り澄ました顔の下に、ずっとそれを隠していたのか。
私の破顔につられて僧侶も笑っていた。会うことの叶わない息子に、せめて声が届くとわかったことが慰めになっているようだ。
宮田がここにいると意識した途端、私も僧侶も怪異を宮田に結びつけてしまう。なんとも単純であるな。
「僧侶殿は私が嘘をついているとはお考えになりませんか? ヤイと口裏を合わせて、ご子息が他界したと思わせているだけかもしれませんよ?」
うはははは。意地の悪い問いを僧侶は一蹴した。
「坊主が人を信じなくてどうします? それに、小林さんは貴方のように強くはなかった。全く別人ですよ」
「え?」
「……小林さんは気の弱いお人でした。村のために尽くしたのは本当です。私欲がなくて村人から慕われたのも事実です。ただ、経営者には向かなかった。この県域は、養蚕、製糸業が広がっています。輸送のための鉄道も来て、石炭も届きやすい。村はその中心から外れますが、ここでも工場を作れば確実に豊かになれると言われてその気になった」
「仲介の者に騙されたのか? あの古い機械では数が多くても十分な利益にはならないでしょう。帳簿を見たが、工員も多過ぎる」
「働く先のない子らを社員として引き取り、親のように面倒を見ていたのです。まあ、理想が高過ぎた。文明開化のきらびやかな話は村にも伝わってきましたから、夢を見過ぎたのです。結局この世を諦めて、皆を置いて行ってしまった。そういうことです」
淡々とした僧侶の言葉には、哀れみが感じられた。
小林は既にあの世か。仕方あるまい。ならば、私の好きにして良いということだ。
「……では、恩返しには名誉を。この身体をいただいたお礼に、きっと工場を再建してみせます。小林には報徳の聖者になってもらいましょう」
それで村は豊かになるだろうか。宮田は安心できるだろうか。
「吉澤様、生きている時に霊魂が視えない者は、死後も視えぬようです。亨栄は、ヤイのように強い力は持っておりませんが、幼い頃から何やら視えていたフシがあるのです。あれは吉澤様のお姿がずっと視えていたのでしょう」
「僧侶殿。私は小林ですよ。小林建夫として生きる者です」
「そう……でしたね。吉澤様も亨栄と同じように大陸で最期を迎えられた。貴方のお陰で、私は亨栄に会えた。見えやしませんがね。でも、貴方がヤイを呼んでくれたから別れを言える。こんなにありがたいとことはありません」
「今はまだ葬式を出すことさえ叶いませんが……ご子息の死は、いずれ明かされます。ご子息と同じ部署にいた男が、隠蔽を阻止してくれましたから」
ザンッ!
突然、目の前の障子が開いた。
「あ……」
誰もいない。いや、宮田ならいる。
「亨栄か? 何を怒っておる?」
「僧侶殿、なぜ怒っているとわかります?」
「いや、お恥ずかしい。あれは昔から短気で激昂しやすいところがありましてな。早く葬式を出せということか? ここは寺だ。いくらでも供養はしてやるから大人しくしておれ。吉澤様? 何か他にお心当たりでも?」
「さて」
そうか、お前は激情型か。取り澄ました顔の下に、ずっとそれを隠していたのか。
私の破顔につられて僧侶も笑っていた。会うことの叶わない息子に、せめて声が届くとわかったことが慰めになっているようだ。
宮田がここにいると意識した途端、私も僧侶も怪異を宮田に結びつけてしまう。なんとも単純であるな。
「僧侶殿は私が嘘をついているとはお考えになりませんか? ヤイと口裏を合わせて、ご子息が他界したと思わせているだけかもしれませんよ?」
うはははは。意地の悪い問いを僧侶は一蹴した。
「坊主が人を信じなくてどうします? それに、小林さんは貴方のように強くはなかった。全く別人ですよ」
「え?」
「……小林さんは気の弱いお人でした。村のために尽くしたのは本当です。私欲がなくて村人から慕われたのも事実です。ただ、経営者には向かなかった。この県域は、養蚕、製糸業が広がっています。輸送のための鉄道も来て、石炭も届きやすい。村はその中心から外れますが、ここでも工場を作れば確実に豊かになれると言われてその気になった」
「仲介の者に騙されたのか? あの古い機械では数が多くても十分な利益にはならないでしょう。帳簿を見たが、工員も多過ぎる」
「働く先のない子らを社員として引き取り、親のように面倒を見ていたのです。まあ、理想が高過ぎた。文明開化のきらびやかな話は村にも伝わってきましたから、夢を見過ぎたのです。結局この世を諦めて、皆を置いて行ってしまった。そういうことです」
淡々とした僧侶の言葉には、哀れみが感じられた。
小林は既にあの世か。仕方あるまい。ならば、私の好きにして良いということだ。
「……では、恩返しには名誉を。この身体をいただいたお礼に、きっと工場を再建してみせます。小林には報徳の聖者になってもらいましょう」
それで村は豊かになるだろうか。宮田は安心できるだろうか。
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