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1913ー1940 小林建夫
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吉澤組の父とつきあいのある経営者たちは皆信心深く、お抱えの占い師がいることも珍しくなかった。経の妻の実家も然りだ。決して表には出て来ないが、企業の実績と相まって占い師の能力と存在は認められていた。
だが、こんな山奥の小さな会社社長が怪しげな霊媒師と繋がりがあるとなれば、小林の信用に響くだろう。ヤイの件は、誰にも知られぬよう僧侶に手配してもらった。
寺に密かに呼ばれたヤイは、かなりの高齢と見えるが、足腰はしっかりしていた。
私と対峙して身じろぎもせず、黙礼した私にまず問うた。
「僧侶殿は、ご臨席でよろしいのですか?」
私の横に座っていた僧侶は、席を外すかと目で合図する。
「僧侶殿には、立会人ということでお願い申し上げたい。何を聞かれても、私は構いません」
僧侶ならば、全て胸の内に納めてくれるであろうとの確信があった。それに、下手に隠して邪推されてしまったことを訂正するのは、真実を口止めするよりも難しい。
「さようで。……そも、貴方様は何をお望みか? 貴方様の父母様ならばご健在でありましょうに」
「……ほう、視えますか」
僧侶は既に話について行けなくなっている。困惑した様子でただ目の前のやり取りを見守るしかなくなっていた。
「ずいぶんとご活躍のご様子。これは、貴方様を通して感じるだけでございますが。何も支障はないと存じます」
支障はない。そうであろうな。何があろうと全てを利用してきた父だ。私は自然と口元がほころんだ。
「ヤイ殿は、死者と話せると聞き及びました。この小林さんは、どうですか?」
ヤイはしばらく私を黙って見つめていた。
「まず、私にできることをお伝え申します。私には死者の霊が視え、彼らの言葉が聞こえます。ただし、この世にある限りでございます。あの世へ旅立たれた先は視えませぬ。あの世の方を呼び出して語らせることもできませぬ。目の前にいる者が視えるだけにございます。この世の生者についても同様、遠くのお方については目の前の縁者様を通して感じることしかできませぬ」
「承知致しました。して、小林さんは?」
「おりませぬ」
「は?」
「既にあの世へ向かわれたかと存じます」
「まだ四十九日は過ぎておりませぬが」
「……此岸にとどまる猶予の期間は存じませぬが、心残りなく行かれたかと」
「いない? 村のため、社員のために尽くしてきた男ではないのか⁉︎ 心残りの一つもないと?」
皆に慕われているではないか。 皆のために生きたのではないのか? 後の様子が気にならないのか?
呆然とする私に、ヤイは静かに言った。
「後悔、未練のなきお方は、すぐに去られます。それが自然のあり方にございます」
「そう……か」
そこまで追いつめられていたということか。発作的に身を投げたのではないということか。生きながら、既に今生の別れは済ませてしまっていたのか……。
私は自然に手を合わせていた。
小林は生ききったのだ。この世でどうにもならぬ事態に陥ったのは、時代が味方しなかった不運もあろう。己の全てを出し切って、命尽きたのだ。
この男は決して無駄に命を捨てたわけではない。わずかにも小林を蔑んだ己を恥じた。
同時に、もし小林の魂がこの身体にとどまっていたならば、今こうして再起を誓っているのは小林だったかもしれないという思いが頭をよぎった。助けに来てくれた者たちの温かさが、小林に二度目の命を芽吹かせたかもしれないではないか。
ともかくヤイに礼を言おうと向き直ると、私のやや右上をじっと見ていたヤイが私と僧侶を一瞥して告げた。
「貴方様の横におられるのは、別のお方です」
「別?」
小林ではない者が、ここにいる?
だが、こんな山奥の小さな会社社長が怪しげな霊媒師と繋がりがあるとなれば、小林の信用に響くだろう。ヤイの件は、誰にも知られぬよう僧侶に手配してもらった。
寺に密かに呼ばれたヤイは、かなりの高齢と見えるが、足腰はしっかりしていた。
私と対峙して身じろぎもせず、黙礼した私にまず問うた。
「僧侶殿は、ご臨席でよろしいのですか?」
私の横に座っていた僧侶は、席を外すかと目で合図する。
「僧侶殿には、立会人ということでお願い申し上げたい。何を聞かれても、私は構いません」
僧侶ならば、全て胸の内に納めてくれるであろうとの確信があった。それに、下手に隠して邪推されてしまったことを訂正するのは、真実を口止めするよりも難しい。
「さようで。……そも、貴方様は何をお望みか? 貴方様の父母様ならばご健在でありましょうに」
「……ほう、視えますか」
僧侶は既に話について行けなくなっている。困惑した様子でただ目の前のやり取りを見守るしかなくなっていた。
「ずいぶんとご活躍のご様子。これは、貴方様を通して感じるだけでございますが。何も支障はないと存じます」
支障はない。そうであろうな。何があろうと全てを利用してきた父だ。私は自然と口元がほころんだ。
「ヤイ殿は、死者と話せると聞き及びました。この小林さんは、どうですか?」
ヤイはしばらく私を黙って見つめていた。
「まず、私にできることをお伝え申します。私には死者の霊が視え、彼らの言葉が聞こえます。ただし、この世にある限りでございます。あの世へ旅立たれた先は視えませぬ。あの世の方を呼び出して語らせることもできませぬ。目の前にいる者が視えるだけにございます。この世の生者についても同様、遠くのお方については目の前の縁者様を通して感じることしかできませぬ」
「承知致しました。して、小林さんは?」
「おりませぬ」
「は?」
「既にあの世へ向かわれたかと存じます」
「まだ四十九日は過ぎておりませぬが」
「……此岸にとどまる猶予の期間は存じませぬが、心残りなく行かれたかと」
「いない? 村のため、社員のために尽くしてきた男ではないのか⁉︎ 心残りの一つもないと?」
皆に慕われているではないか。 皆のために生きたのではないのか? 後の様子が気にならないのか?
呆然とする私に、ヤイは静かに言った。
「後悔、未練のなきお方は、すぐに去られます。それが自然のあり方にございます」
「そう……か」
そこまで追いつめられていたということか。発作的に身を投げたのではないということか。生きながら、既に今生の別れは済ませてしまっていたのか……。
私は自然に手を合わせていた。
小林は生ききったのだ。この世でどうにもならぬ事態に陥ったのは、時代が味方しなかった不運もあろう。己の全てを出し切って、命尽きたのだ。
この男は決して無駄に命を捨てたわけではない。わずかにも小林を蔑んだ己を恥じた。
同時に、もし小林の魂がこの身体にとどまっていたならば、今こうして再起を誓っているのは小林だったかもしれないという思いが頭をよぎった。助けに来てくれた者たちの温かさが、小林に二度目の命を芽吹かせたかもしれないではないか。
ともかくヤイに礼を言おうと向き直ると、私のやや右上をじっと見ていたヤイが私と僧侶を一瞥して告げた。
「貴方様の横におられるのは、別のお方です」
「別?」
小林ではない者が、ここにいる?
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