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1878ー1913 吉澤識
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私は答えがないのを承知で続けた。
「宮田は第二部の人間だと言ったな。なぜ憲兵ではないのだ?」
軍の機密情報漏洩であれば、軍事警察たる憲兵が調査するのが自然だ。だからてっきり宮田は憲兵なのだと思っていた。第二部の工作員であった山本を宮田が追っているのであれば、本国の第二部から私に協力要請があるのも納得がいった。
第二部の不祥事を第二部が調査する。はじめから内部で処理をするつもりだったということか。
どこまで情報が上がっているのか。どこで情報が止まっているのか。
宮田と山本の死。山本の反逆。情報漏洩。どこまでが隠される?
「私は未だ第二部から酒に誘われていない。お前の仲間は皆下戸か?」
私に口止めは必要ない。そういうことだ。
加藤は何も言い返さなかった。
第二部は、山本の反逆と情報漏洩を全て隠蔽する気だろう。調査に派遣された宮田は山本と共に事故死扱いにする。部署内の人間どうしの殺傷事件など当然なかったことにする。それで片がつく。
二人の死は偶発的だと言っていた。宮田と接触が多く、事情を知るであろう私を消すというのは事件後の判断か。これは第二部本部ではなく、大陸部署の独断か?
私を消す計画は、具体的に進行中らしい。加藤はそれをよく知っている。だが、私が大陸から出られないことまではさすがに知らなかったか。
もっと上手く感情を隠せ。少し近づいただけで、お前の心はすぐに伝わる。
「はあ、と溜息をつくのさえ胸が痛む。ああ、心象ではなく物理的現象だ。お前に踏みつけられて胸が痛い」
どうだ? 意地悪を言うくらいは構わないだろう?
加藤は困惑気味に私を見ていた。
「知っているか? 欧州は激動の最中だ。帝国の衰退は小国を揺らし、植民地を支配する大国どうしでも争っている。欧州と同盟のある我が国はきっと動く。諜報部隊である第二部は益々忙しくなるな。上には、今責任を取らされると困る人間がいるらしい。決して保身を図るのではない。あくまでも国のため、組織のために必要不可欠な存在というわけだ。そこには明確な正義がある。国難を前にして、山本の不祥事で足を引っ張られるわけにはいかないのだ。よって多少の犠牲はやむなし、か。まあ、私は第二部とは一切関わりのない貿易商だ。私一人がいなくなったところで誰も困らない」
「……俺には、止められない」
「加藤……?」
加藤は厩舎に向かい、地面に置いたランプを手に戻ってきた。
私にランプを握らせると、召使いのように手早く私の襟や裾を整えて一歩退いた。
目を合わせたのは一瞬だったが、加藤が何かを決断したのは確かだった。
「どうぞ足元にお気をつけ下さい、旦那様」
恭しく頭を下げると、加藤は闇に消えた。気配もなく、私は一人静寂に残された。
「遊びは終わりか……」
私は、こんな静かな夜を思い出に残したくはない。
まだ、終わりにしたくはない。
「宮田は第二部の人間だと言ったな。なぜ憲兵ではないのだ?」
軍の機密情報漏洩であれば、軍事警察たる憲兵が調査するのが自然だ。だからてっきり宮田は憲兵なのだと思っていた。第二部の工作員であった山本を宮田が追っているのであれば、本国の第二部から私に協力要請があるのも納得がいった。
第二部の不祥事を第二部が調査する。はじめから内部で処理をするつもりだったということか。
どこまで情報が上がっているのか。どこで情報が止まっているのか。
宮田と山本の死。山本の反逆。情報漏洩。どこまでが隠される?
「私は未だ第二部から酒に誘われていない。お前の仲間は皆下戸か?」
私に口止めは必要ない。そういうことだ。
加藤は何も言い返さなかった。
第二部は、山本の反逆と情報漏洩を全て隠蔽する気だろう。調査に派遣された宮田は山本と共に事故死扱いにする。部署内の人間どうしの殺傷事件など当然なかったことにする。それで片がつく。
二人の死は偶発的だと言っていた。宮田と接触が多く、事情を知るであろう私を消すというのは事件後の判断か。これは第二部本部ではなく、大陸部署の独断か?
私を消す計画は、具体的に進行中らしい。加藤はそれをよく知っている。だが、私が大陸から出られないことまではさすがに知らなかったか。
もっと上手く感情を隠せ。少し近づいただけで、お前の心はすぐに伝わる。
「はあ、と溜息をつくのさえ胸が痛む。ああ、心象ではなく物理的現象だ。お前に踏みつけられて胸が痛い」
どうだ? 意地悪を言うくらいは構わないだろう?
加藤は困惑気味に私を見ていた。
「知っているか? 欧州は激動の最中だ。帝国の衰退は小国を揺らし、植民地を支配する大国どうしでも争っている。欧州と同盟のある我が国はきっと動く。諜報部隊である第二部は益々忙しくなるな。上には、今責任を取らされると困る人間がいるらしい。決して保身を図るのではない。あくまでも国のため、組織のために必要不可欠な存在というわけだ。そこには明確な正義がある。国難を前にして、山本の不祥事で足を引っ張られるわけにはいかないのだ。よって多少の犠牲はやむなし、か。まあ、私は第二部とは一切関わりのない貿易商だ。私一人がいなくなったところで誰も困らない」
「……俺には、止められない」
「加藤……?」
加藤は厩舎に向かい、地面に置いたランプを手に戻ってきた。
私にランプを握らせると、召使いのように手早く私の襟や裾を整えて一歩退いた。
目を合わせたのは一瞬だったが、加藤が何かを決断したのは確かだった。
「どうぞ足元にお気をつけ下さい、旦那様」
恭しく頭を下げると、加藤は闇に消えた。気配もなく、私は一人静寂に残された。
「遊びは終わりか……」
私は、こんな静かな夜を思い出に残したくはない。
まだ、終わりにしたくはない。
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