182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

11-(6)

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「まさか……⁉︎」
「山本は優秀だ。そして執念深い。貴様は確かに自分の痕跡を残さないように生きてきたかもしれないが、どうしても人目を惹く。山本は工作員として大陸に渡ってきた時に一度しか貴様と会っていないが、その時の印象を頼りに本国の知人友人を駆使してあらゆる情報を集めたのだろうな」
「馬鹿な。ありえない。私は……」
「偽名だった。吉澤しきは戸籍名だ。だが、軍の学校に入った時から大陸に渡る直前まで、貴様は偽名で通していた。いったい貴様は何者だ? 本国の第二部内で、貴様が偽名を使っていると知っていた者がいない。こっちに来ている大陸部署の連中でさえ、貴様はただの民間人協力者だと思っていた。これこそありえないだろう。俺もいいように騙されていたな。言われてみれば妙に納得がいく。ただの道楽息子にしては隙がなさ過ぎる」

 全て父のやったことだ。私が軍の学校に入ると言った時に、唯一約束させられたのが偽名で通すことだった。
 学校で本名を隠したのは、曲がりなりにも豪商と言われた吉澤組の跡取りであることを周囲の学生に隠すためだと思っていた。
 だが、教官をはじめ学校関係者が誰もそれを知らない。入学志願に際して提出した書類は、戸籍も家族も完全なる偽造であった。
 軍務に就いてからも同様だった。休暇で実家にいる時は吉澤を名乗ったが、軍に戻れば偽名で過ごす。当時の私は二人分を生きていた。放蕩息子は当然吉澤の方だ。
 なぜこれが許されるのかわからないが、父の働きかけであることだけは確かだった。
 父は何も言わなかった。それでも私は、第二部所属の軍人である限り吉澤識とは完全なる別人として、決して正体を明かさぬよう努めた。
 私は軍人になることで吉澤組の後継者という道を外れたつもりになっていたが、結局父が画策して敷いた道を歩かされていたらしい。
 加藤に何者かと問われても、私自身がわからない。いったい、私は何者であろうな。

「山本は貴様を特定した。さすがとしか言いようがない。貴様が大陸に渡ったのは家業の都合であって、既に軍籍を離れていることは承知だ。第二部が吉澤識の軍歴を知らないことも承知だ。だが、第二部は貴様を協力者として使い続けている。だから山本は貴様を軍人とみなした」
「合理的判断だな」
「貴様が自分と同じ第二部の軍人だったと聞いて、宮田は何を思ったろうな。宮田は山本の決定を覆す根拠を失った。色をなした宮田に、今度は山本が驚いたであろう。あれほど冷静な男が……酒の席とはいえ馬鹿なやつだ。吉澤識がそれほど大事か? 軍人とわかったならば、なおのこと捨て置けば良かったのだ。守りたいならいくらでもやりようはあったであろうに」

 加藤は笑っていた。呆れて笑うしかなかったか。口惜くちおしいと泣くよりも、そうして笑う方が辛かろう。
 きっと加藤は山本をよく知っていた。宮田のことも私より知っていただろう。
 私が見ているのに気づいた加藤は、いつもの不機嫌そうな顔に戻った。

「貴様が気に病むことはない。全て宮田の勝手な行動だ」

 ならばなぜお前は私を責めた? 何に怒っていた?
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