182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

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「加藤、お前は第二部の人間で、組織と直接連絡を取り合っているのだよな?」

 加藤は答えなかったが、否定もしなかった。

「山本は、大陸の自立に本気で加担したのか?  宮田は……山本にくみしたのか?」
「貴様の任務の範疇外だ。宮田になぜそこまでこだわる?  長くつきあい過ぎて情が湧いたか。あの男は、それほど良かったか?」

 加藤は突き放したように言った。私に向けられた怒りがはっきりと伝わってくる。

「……わからない。宮田は、何を考えているのかわからないところがあった。覗こうとしても見えなかった。だから、知りたくなった。そうして気がかりだったまま、消えた。なぜ消えたのかさえわからない。だから、知りたい。それだけだ。情が湧いたわけではない」
「それだけ、か。……宮田が憐れだな」

 私から足を外した加藤は、片膝をついて背の足跡を手で払った。
 加藤が離れても、私には起き上がる気力が残っていなかった。

「貴様はなぜ逃げない?  山本は大陸の活動家と共に生きる道を選んだ。死ぬ前に既に第二部の情報が流れている。山本が知り得たものは全て渡ったと考えた方がいい。貴様は第二部の協力者だと知られてしまっている。現地人との交流が多く活動家の動向に詳しい貴様は、向こうからすれば邪魔な存在だ。老人にも警告されてわかっているだろう?  本国へ帰るだけでもいい。なぜ、動かない?」
「お前はそのための護衛だろう?」
「……」
「わかっている。第二部が私を見限ったと言ったな。大陸における第二部の計画も編成も組み直しか。ならばお前はもう、私を守る義務はないのだろう?  お前はけいに嫌われて解雇される準備をしていたのか?  それも第二部の計画だったということか。そろそろ解雇通知が来る頃か?  相変わらず用意周到だな」
「貴様は……危険な状態にある。逃げろ」

 加藤は、上から私の首を押さえた。
 ああ、本当に危険だ。今のお前が危険だ。
 私は何やら可笑しくなった。
 もう一方の手が私の頭に触れてきて、髪をなでる。怒りは消えていた。
 暴力で脅し、優しくなだめ、お前は私をどう洗脳するつもりなのか。
 加藤のせいで緊張の糸が切れた。抵抗する気力すら、もうなかった。

「よせ。なでるな……」

 こんな静かな夜を思い出に残したくはない。お前と酒を酌み交わし、今日を笑い話にする日はきっと来ない。
 加藤は手を止めなかった。

「……山本は優秀な男だった。人の懐に入るのがうまくて面倒見も良かったから、上からも下からも人が寄ってきた。情熱で動くように見えて常に冷静だった。革命活動で多くの組織を取りまとめ、繋ぐのに適任だった。あれは崇高な信念と哲学を持っていたが、周囲の熱に呑まれて我々とは別の道に理想を見つけたのだろう。迷惑な話だ」

 加藤の溜息に、無念がにじむ。

「その山本を宮田は追った。機密漏洩の犯人を特定し、機密の拡散範囲と内容を探って拘束する。この特務遂行は宮田以外には考えられなかった。あれは、山本よりさらに優秀な男だ。こと人の扱いにおいては、誰にも己の作意を悟らせなかった」

 私がハッとするのを加藤は見逃さなかった。私の顔を覗き込む加藤は、嘲笑あざわらうように口角を上げていた。
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