182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

8-(4)

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 寝入った宮田を残して店を出ると、加藤が控えていた。

「遅いお帰りで」
「そうか?」
「宮田様は?」
「泊まらせた」

 目も合わせず馬車に乗る。いつものことだ。
 必要最低限の会話。これもいつものことだ。
 加藤は、私が唯一笑顔を作らなくて済む男だ。
 疲れた。今夜は疲れた。
 宮田には気がかりなことが多過ぎる。宮田の心の内が、見えるようで見えない。すくっているようで、水のごとくスルスルとこぼれていく。まっすぐで透明であるが、その先に感触だけが残る。
 何かを隠しているようには見えないのに、本心が掴めない。
 物腰が柔らかく紳士的なのは本当であろう。共存共栄の理想も本当であろう。
 だが、それだけではない何かがあるはずなのだ。
 私は、何をムキになっている?
 放っておけば良いのだ。宮田が理想に生き、山本と共に大陸側についたとしても、それは宮田の人生だ。私と敵対する立場になろうとも、宮田の信念であれば仕方のないことだ。
 探る必要もない相手の心を覗いて何になる?
 私は他人の感情に敏感である。相手の心を読み感情を掴むのが得意であるからこそ、のらりくらりと世を渡り、放蕩と道楽で多くの知己を得てきた。
 宮田のように内心が見えない相手は初めてだ。だから余計に気にかかるのか。あるいは見えない悔しさか。
 宮田は眩しい。あの情熱と真剣さが羨ましい。
 私はただの俗人で、俗物だらけの世の中を楽しく見物できる幸せな男だ。この世を憂うことなく、日々変わり続ける世情に心躍らせ、知り続けることに至上の喜びを感じている。
 全てをどこか突き放したような冷めた目で見ているから、宮田のように必死で生きる男が眩しいのか。
 ああ、これは嫉妬だ。
 そうか、嫉妬か……。



「……⁉︎」

 目を開けるより早く、私は目の前の影を払いのけていた。手の甲が、加藤の頰を打った。

「何を、している?」
「屋敷に着きました。お目覚めにならないので、起こして差し上げようかと」

 馬車は既に玄関前だった。いつのまに眠っていたのか。加藤の足は半分扉の外だ。たった今、声をかけに入って来たのか。
 先に降りて扉を手に頭を下げる加藤が、うつむいたまま言った。

「宮田様は満足されましたか」
「何の話だ」
「宮田様には深入りされませぬよう」

 加藤を無視して立ち止まることなく玄関に向かう。
 出て来た使用人にだけ挨拶をして、屋敷に入りかけて足を止めた。
 我ながら大人げない。なぜこれほどまでに余裕がないのか。
 苛立ちを表に出すな。加藤ごときの挑発に乗って心を乱すな。

「加藤、遅くまでご苦労だった。明日は租界の浅野様のところへ行く準備があるから外へは出ない」
「承知致しました」

 ちらりと見た加藤は、嫌な笑い方をしていた。余計に苛立ちが募った。
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