182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

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 江西で二人の本国人が死んだ。
 どこにも報じられることはなく、どこにも記録は残されていない。
 私が現地の人間から聞く以外に知るよしもない、ただの噂だ。
 数年前から南京周辺で革命運動に参加していた男は、現地人の名を持つ東洋系の料理人だった。自分は混血で出自もわからないと話し、少数民族が暮らす農村集落をあちらこちら訪ね歩いては、どの民族ともすぐに打ち解けていた。活動家との交流は多く、人脈も広く、様々な組織集団の仲介役をしていたようだ。
 最近になって、彼を訪ねる男がいた。現地の言葉を解するが、明らかに大陸の人間ではなかった。二人は何度か会っていた。革命による国家設立の意義について難しい話をしていたという。
 意気投合したのか、その後一緒にいる姿が頻繁に目撃されている。
 ある日、酒の席で二人は言い争いになった。酒場に喧嘩はつきものだ。しょせん異国人の争いに、誰も見向きもしなかった。
 流血の惨事になろうとも、周囲は知らぬふりを通した。仲間の活動家たちは、騒ぎに巻き込まれて自分の身に危険が及ぶのを避けた。
 酒場にたまたま居合わせた者たちが覚えていたのは、二人が死に至る過程ではない。死後の異様さである。
 現場となった酒場には、本国人とみられる私服の男が数名現れた。
 誰が呼んだのか、初めからそこにいたとしか思えないほど素早く二人を連れ去った。その時点で二人はまだ息をしていたであろう。所持品も全て消えた。
 酒場では初めから何も起こらなかった。二人は初めからいなかった。そういうことになった。

「まあ、よくある話ですな」

 江西から北京への道楽旅行に招待した現地人の骨董商は、にべもなく言った。彼自身は何の関心もないのだろう。
 だが、彼は私が噂好きであることを良く理解している。土産話が多いほど宴席もその後の手配も盛大になるのがわかっているから、誰よりも詳しく正確な情報を集めて来て、こうして詳細を話している。
 今夜の宴席には、特別に上等な酒を並べた。

「遠方からの急な申し出を快くお受けいただき、感謝いたします」
「丁度退屈しておりましたから、こちらこそありがたい。思い立ったが吉日とは、まさにこれ」

 既に還暦は過ぎたであろう骨董商は、相好そうごうを崩して頭を軽く下げた。
 彼は必要以上の深入りを決してせず、たとえ国が敵対しようとも交渉次第で協力が可能な現実主義者だ。
 一方が品質の確かな物を提供し、一方が相応の対価を確実に支払う。この信頼関係が成り立っている点において、我々は真の友人だった。

「正確な発音はわかりませんがね。周囲で聞いたのは、ヤマモト。ミャタ。二人はそう呼び合っていたようですな」

 山本と宮田。
 そうであろうな。

「吉澤さん。貴方は、いつでも隠居できるほどの富を築きました。私なら、一生遊んで暮らせるよう大陸のどこにでも連れて行けます。ご希望とあらば、すぐにでも大丈夫ですよ」
「それはありがたいですね。でも、私は既に遊んで暮らしていますよ。お心遣い感謝いたします」

 私は深々と頭を下げた。
 これは、警告だ。
 宮田と私に関わりがあることは、探ればすぐに知れる。山本は私が第二部の協力者であることも知っている。二人の間で何か問題が起きたのであれば、私も無関係とはいかないだろう。
 私は、いよいよ危ないらしい。
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