182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
18 / 200
1878ー1913 吉澤識

10-(1/2)

しおりを挟む
 江西で二人の本国人が死んだ。
 どこにも報じられることはなく、どこにも記録は残されていない。
 私が現地の人間から聞く以外に知るよしもない、ただの噂だ。
 数年前から南京周辺で革命運動に参加していた男は、現地人の名を持つ東洋系の料理人だった。自分は混血で出自もわからないと話し、少数民族が暮らす農村集落をあちらこちら訪ね歩いては、どの民族ともすぐに打ち解けていた。活動家との交流は多く、人脈も広く、様々な組織集団の仲介役をしていたようだ。
 最近になって、彼を訪ねる男がいた。現地の言葉を解するが、明らかに大陸の人間ではなかった。二人は何度か会っていた。革命による国家設立の意義について難しい話をしていたという。
 意気投合したのか、その後一緒にいる姿が頻繁に目撃されている。
 ある日、酒の席で二人は言い争いになった。酒場に喧嘩はつきものだ。しょせん異国人の争いに、誰も見向きもしなかった。
 流血の惨事になろうとも、周囲は知らぬふりを通した。仲間の活動家たちは、騒ぎに巻き込まれて自分の身に危険が及ぶのを避けた。
 酒場にたまたま居合わせた者たちが覚えていたのは、二人が死に至る過程ではない。死後の異様さである。
 現場となった酒場には、本国人とみられる私服の男が数名現れた。
 誰が呼んだのか、初めからそこにいたとしか思えないほど素早く二人を連れ去った。その時点で二人はまだ息をしていたであろう。所持品も全て消えた。
 酒場では初めから何も起こらなかった。二人は初めからいなかった。そういうことになった。

「まあ、よくある話ですな」

 江西から北京への道楽旅行に招待した現地人の骨董商は、にべもなく言った。彼自身は何の関心もないのだろう。
 だが、彼は私が噂好きであることを良く理解している。土産話が多いほど宴席もその後の手配も盛大になるのがわかっているから、誰よりも詳しく正確な情報を集めて来て、こうして詳細を話している。
 今夜の宴席には、特別に上等な酒を並べた。

「遠方からの急な申し出を快くお受けいただき、感謝いたします」
「丁度退屈しておりましたから、こちらこそありがたい。思い立ったが吉日とは、まさにこれ」

 既に還暦は過ぎたであろう骨董商は、相好そうごうを崩して頭を軽く下げた。
 彼は必要以上の深入りを決してせず、たとえ国が敵対しようとも交渉次第で協力が可能な現実主義者だ。
 一方が品質の確かな物を提供し、一方が相応の対価を確実に支払う。この信頼関係が成り立っている点において、我々は真の友人だった。

「正確な発音はわかりませんがね。周囲で聞いたのは、ヤマモト。ミャタ。二人はそう呼び合っていたようですな」

 山本と宮田。
 そうであろうな。

「吉澤さん。貴方は、いつでも隠居できるほどの富を築きました。私なら、一生遊んで暮らせるよう大陸のどこにでも連れて行けます。ご希望とあらば、すぐにでも大丈夫ですよ」
「それはありがたいですね。でも、私は既に遊んで暮らしていますよ。お心遣い感謝いたします」

 私は深々と頭を下げた。
 これは、警告だ。
 宮田と私に関わりがあることは、探ればすぐに知れる。山本は私が第二部の協力者であることも知っている。二人の間で何か問題が起きたのであれば、私も無関係とはいかないだろう。
 私は、いよいよ危ないらしい。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

菅原龍馬の怖い話。

菅原龍馬
ホラー
これは、私が実際に体験した話しと、知人から聞いた怖い話である。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

不動の焔

桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。 「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。 しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。 今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。 過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。 高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。 千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。   本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない ──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

叔父様ノ覚エ書

国府知里
ホラー
 音信不通になっていた叔父が残したノートを見つけた姪。書かれていたのは、摩訶不思議な四つの奇譚。咲くはずのない桜、人食い鬼の襲撃、幽霊との交流、三途の川……。読むにつれ、叔父の死への疑いが高まり、少女は身一つで駆けだした。愛する人を取り戻すために……。 「行方不明の叔父様が殺されました。お可哀想な叔父様、待っていてね。私がきっと救ってあげる……!」 ~大正奇奇怪怪幻想ホラー&少女の純愛サクリファイス~ 推奨画面設定(スマホご利用の場合) 背景色は『黒』、文字フォントは『明朝』

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

ハンムラビの行方

シーソーセリ
ホラー
歴史好きの柏木壮太は恋人の由美と自宅でハンムラビ法典の特集をテレビで観ていた。 壮太は自分の過去を知る小さな人形「イザベル」に出会う。自宅のテレビからはかつての自分に傷つけられたものたちの映像が移り、現実に復讐を遂げようとしてくる。 付き合って1年の記念日に次々と起こる不可解で理不尽な復讐の世界。 壮太は自身や恋人由里にも降りかかる災いから逃れようとするのだが、イザベルの容赦ない追い打ちが止まらない。

禁踏区

nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。 そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという…… 隠された道の先に聳える巨大な廃屋。 そこで様々な怪異に遭遇する凛達。 しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた── 都市伝説と呪いの田舎ホラー

処理中です...