182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
13 / 199
1878ー1913 吉澤識

8-(1/4)

しおりを挟む
 久しぶりに見る宮田は、以前にも増して精悍な顔つきになっていた。南京から無事戻り私の役目は終わったと思っていたが、折り入って話があるという。
 私は、宮田も馴染みになった店で宴席を設けた。

「吉澤さん、江西に行かれたことはありますか?  ここに赴任する前に同僚から旅行を勧められたのですが、機会が得られなくて」

 江西か。

「私もお勧めしたいが、あそこは革命蜂起の地で活動家の勢いが益々激しくなっているとか。今は危険でしょう」
「だからせめて、吉澤さんに話だけでもお聞きしておきたいと思いました。本国人も結構暮らしているのでしょうか」

 宮田はこれから江西へ行くのだろう。
 第二部と関わりのある男の一人が、今も江西で目撃されているのを私は知っている。現在の職業を把握してはいるが、実際に何をしているのかは知らない。革命の気運醸成が任務だったろうから、現地人に協力しているように見えてもそれが偽装か本心なのか私には判断できない。

「私が知るのは、こちらの綺麗どころにはお聞かせできないようなことばかりですよ」

 宮田の両隣の芸妓が、艶やかに微笑んだ。

「まあまあ。吉澤様は、宮田様をどうなさるおつもりですか?」
「どうもしませんよ。彼は相当に堅物で、私の遊びに全く興味を示しませんでしたから。でもほら、知恵をつけるだけでも。宮田さん、江西には例えば……」

 私は身を乗り出して宮田の耳元に顔を寄せると、手で口許を隠して小声で話しかけた。
 要る知恵と、要らぬ知恵と。
 宮田と私は、あくまでも遊び友達だ。宴席らしくあってもらわねば困る。
 宮田は無表情に聞いていたが、徐々に顔を赤らめ目を丸くして、次第には怒り出してしまった。
 芸妓たちがはしたなく笑ったり宮田をなだめたりしている。
 お前は実直でおごったところがないから、皆に可愛がられるな。
 私は何事もなかったように盃を傾けながら、宮田を観察した。
 お前が情報漏洩の疑義で追っているのは、やはり第二部の人間か。ならば革命活動に参加していた者だろう。大陸の熱にのまれて祖国を裏切ったというのか。革命によって大陸を弱体化させる計画はどうした?  革命の後、大陸の真の自立に本気で加担して、欧米列強のみならず我が国まで大陸から追い出そうというのか。第二部の工作は大陸側に筒抜けか。

「……吉澤さん?」
「ああ、いえ。江西には当分行かれそうにないと考えていたのです。残念です」
「そうですね。この国の自立まで、まだしばらくは混乱が続くでしょうね」
「宮田さんは、大陸の真の自立は可能とお考えですか?」

   宮田は、意外だという顔で私を見た。

「もちろんですよ。可能かどうかではなく、自立して当然なのです。他国に支配されたり不当に扱われるのはおかしいでしょう。貿易商の貴方なら良くおわかりのはずだ。我が国だってようやく関税自主権を回復させたではありませんか」

 正論だ。お前の言うことは正しい。それを言うお前は正しい。
 だが、お前が追っている男が、お前と同じ理想を抱いて本心から大陸に協力し、第二部の情報を大陸に流し、我が国を大陸から追い出そうと画策していたらどうする。
   そんな男とお前は接触するのか。そいつがお前の理想を褒めたたえ協力を求めて来たら、お前はどうする?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『怪蒐師』――不気味な雇い主。おぞましいアルバイト現場。だが本当に怖いのは――

うろこ道
ホラー
『階段をのぼるだけで一万円』 大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。 三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。 男は言った。 ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。 ーーもちろん、ただの階段じゃない。 イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。 《目次》 第一話「十三階段」 第二話「忌み地」 第三話「凶宅」 第四話「呪詛箱」 第五話「肉人さん」 第六話「悪夢」 最終話「触穢」

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 2025年8月、この都市伝説——通称「赤い部屋」が、現実のものになってしまった。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 同じくクラスメイトの紅月ゆずこと荒浜龍も、噂を信じ込まなかった。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残忍な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまい——。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

トゴウ様

真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。 「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。 「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。 霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。 トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。 誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。 「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました! 他サイト様にも投稿しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...